2009年12月20日日曜日

クリスマスソング


 もうすぐクリスマス。しかし例年に比べて何だか街の様子は寂しいように感じます。
 この時期、至る所で耳にするクリスマスソング。幼い頃の思い出として残っているクリスマスソングは父が毎月購入していた千趣会のレコード“Music Rainbow”12月号。家族皆で毎年このレコードを聞いた記憶があります。豪華な見開きのレコードジャケットの中にはヨーロッパ諸国のクリスマスの様子を綺麗な写真と文章で紹介したブックレットが付いていました。これはまだBGMという言葉がないレコードが大衆の娯楽であった頃のクリスマスアルバムです。


 小学6年生以降、ポップスに目覚めて中学生になるとクリスマスソングには拘らない自己流の選曲でクリスマスを過ごしました。特にビートルズの“Magical Mystery Tour”はクリスマスのプレゼントに買ってもらった思い出のレコード。偶然ですがこのレコードも見開きのジャケットの中にカッコいい写真とイラストが入ったブックレットが付いた豪華盤でした。私にとってビートルズの“Magical Mystery Tour”は思い出のクリスマスソングと言えます。
 “Magical Mystery Tour”は名曲揃いのアルバムですが“I Am The Walrus”やインストの”Flying”、ジョージの曲“Blue Jay Way”そしてサイケでテクノポップな曲調の“Baby You're A Rich Man”が好きです。


 高校のクリスマスはバンド仲間と一緒にビーチ・ボーイズやスモール・フェイセス等の曲を聞いていました。思い起こせば中学の後半かはTVやラジオで流れるようなクリスマスソングを聞くことはなくなっていました。


 極、個人的な意見ですが、いわゆるサーフ・ミュージックではないビーチ・ボーイズ(ブライアン·ウィルソン)の音楽はクリスマス(冬)にとても合います。中でも特に思い出深い曲はブライアン·ウィルソンがグレン・キャンベルへ贈った“Guess I'm Dumb”。この曲を聞くと何だか今でも胸が熱くそして切ない気持ちになります(爆)


 以下に私の独断と偏見でクリスマスシーズンに合うアルバムを幾つか紹介します。

 “Ghosts Of Christmas Past”は81年にベルギーのクレプスキュール・レーベルから出されたクリスマスコンピレーションアルバム。ファクトリーレーベル系のアーチストのクリスマスソングを集めたユニークなクリスマスアルバムです。CD化もされてレコードの時よりも収録曲は増えています。(よく見るとキャバレー·ボルテールの曲が削られている)
 ペイル・ファウンテンズの“Benoit's Christmas”は特にお気に入りの曲。このアルバムはクリスマスだけでなく四季を通じて楽しめるアルバムです。


 “Ghosts Of Christmas Past”に未収録の曲ですが、歌いながら吐く息が白い映像が印象的なペイル・ファウンテンズのPV、とてもカッコいい曲です!!


 “Silent Night”。言わずと知れたジャズトランペット奏者チェット・ベイカーがアルトサックス奏者クリストファー・メイソンと共に制作した唯一のクリスマスソング集。チェットが亡くなる約2年前、86年にニューオリンズで録音されたアルバムです。残念なのはチェットの歌が聞けないのことですが静かなイブの夜にはピッタリのアルバムです。これも何時聞いても良いクリスマスアルバムだと思います。(YouTubeで映像が見つからず残念)


 先日、日本でも販売されたブリティッシュポップバンドの王様、キンクスの作曲家そしてリードボーカルだったレイ・デイヴィスがキンクスのヒット曲をクローチ・エンド・フェスティヴァル・コーラスと一緒に録音した“The Kinks Choral Collection”。
 キンクスのヒット曲を合唱団と一緒に!?驚きの企画ですがとてもユニークで素晴らしいアルバムです!改めてレイ・デイヴィスの作曲家てしての才能と楽曲の良さが際立つ内容になっています。他のクリスマスソングと一緒に聞いて違和感がありません。あの“You Really Got Me”が合唱用にアレンジされるとこのような曲になるのかー!と、目から鱗、自分も合唱部にいた頃にこれを演りたかった!少し興奮しました(爆)


 最後にレイ・デイヴィスとクリッシー・ハインドから届いた素敵なクリスマスカード、“Postcard From London”お贈りします。それでは皆様素敵なクリスマスをお過ごしください。

2009年12月6日日曜日

暫くお休みします


11月末より忙しい日々が続き体調を崩しました。暫くインターネットもブログも控えたいと思います。

小径車(折り畳み自転車)の駐輪


 自転車ブームと言われますが、一般的に自転車は通勤通学や買い物等、手軽な移動手段として利用されることが殆どです。私も過去に自宅から駅まで自転車を使っていました。しかし何時も悩むのが自転車の駐輪です。
 駅前の不法駐輪は決定的な解決策は見つかっていないようです。それでも以前に比べると駅前や周辺に自転車専用の駐輪場が増えて利用者数も増えているように思います。しかし大切な自転車を適正な料金で安心して預けられる駐輪場というのは未だに少なく、特に小径車の駐輪には問題もあります。


 先般、仕事の途中で気になるイベント(省スペース型駐輪システム)を目にしました。数台のブロンプトンが並べられていたので嫌でもその光景が目に入ったのです。
 実はそのイベントでブロンプトン以上に関心を持ったのは折り畳んだブロンプトンが綺麗に収納出来るロッカーの方でした。私はブロンプトンのような折り畳み自転車を収納出来るコインロッカーが都内の各所に設置される宣伝のイベントだと思い込み、スタッフの女性に尋ねてみました。残念ながら私の思惑とは異なり「街で折り畳み自転車を活用してもらう」イベントでした。もう少し詳しく書くとロッカーに収まった折り畳み自転車を貸し出して今後、街の移動手段として有効活用出来ないか?アンケートをとっていたのです。


 先ずは大切な自転車をボディコンタクトが激しい駐輪場に預けることに躊躇しますが、小径車で問題になるのが駐輪場に設置される停車スタンドが小径車向けに設計されていないことです。多くの停車スタンドは自転車の前輪を固定して停車させるようになっていますが、タイヤの径が小さい小径車では前輪の軸やその他の部分がスタンドの外枠に干渉して上手く自転車を固定することが出来ません。このことは小径車を駐輪場に停める際の案外大きな支障となっています。


 折り畳み自転車の場合、一般駐輪場の代わりにコインロッカーに自転車を畳んで収納することは誰でも考えることです。しかし実際にやってみると多くの問題があります。JR及び京王井の頭線の吉祥寺駅周辺に設置されているコインロッカーで試した結果、ブロンプトンを収納するためには600円以上のコインロッカーを利用しなくてはなりませんでした。毎日利用出来る料金ではありません。
 吉祥寺で一番安いコインロッカーの料金は300円、一般駐輪場に比べるとこれでも割高です。利用者の側からするとせめて200円位に抑えたいところです。また長期利用には割安の料金設定も必要でしょう。更に折り畳み自転車が収められる大きさのロッカー(600円以上)の数が少ないことも問題があります。よって既存のコインロッカーを折り畳み自転車の駐輪に利用することは残念ながら現実的ではありません。


 先のイベント(省スペース型駐輪システム)のスタッフへ折り畳み自転車で駐輪場を利用するにあたっての問題点と共に今後、今回のイベントで使われているような折り畳み自転車が利用出来るコインロッカーが街に設置されることを希望していると話してみました。幸いスタッフの方は私の話に関心を持って熱心に聞いてくださいました。便利な折り畳み自転車が生活の中で有効に活用出来る環境が整うことを望んでいます。

2009年11月16日月曜日

Broの肖像 銀杏並木(昭和記念公園 立川)


 久しぶりに立川の昭和記念公園に行きました。今回は三鷹から立川まで輪行して公園内のサイクリングロードをブロンプトンで走りながら紅葉を楽しみました。
 昭和記念公園は立川飛行場の跡地に建設された約180ヘクタールにおよぶ大きな敷地をもった国営公園です。園内には様々なレクリエーション設備があり、また同時に年間を通じて多くの植物を楽しむことが出来ます。特にこの時期は銀杏並木の紅葉が有名で毎年沢山の人が見に訪れます。


 この日は天皇陛下即位20年慶祝行事の一環ということで園内へ無料で入ることが出来ました。ちなみに通常の入園料は一般(15歳以上)で400円です。今日は暖かく風もなく絶好のサイクリング日和、そして入園料も無料!とても幸運な日曜日でした。


 昭和記念公園には14Kmのサイクリングロードがあります。園内各所には駐輪場が設置されており、広い敷地内の移動手段として自転車を利用出来ることは大変便利です。また自転車専用道路なので安全に楽しく自転車で走ることが出来ます。今回、私達は自分の自転車を持ち込みましたが公園で自転車を借りて走ることも出来ます。レンタル自転車は子供用の18インチから大人のカップルが楽しめるタンデムまで数種類の自転車が用意されていることもこの公園の特徴です。ちょっと箱庭的なサイクリングコースでしたが落ち葉を踏みしめ、木々の香りを楽しみながら穏やかな休日を過ごすことが出来ました。

 久しぶりの輪行でしたがブロンプトンは折りたたみが簡単なのでたまには輪行も良いかな?と思いました。しかし帰りの電車は丁度帰宅ラッシュの時間にあたり結構たいへんでした。輪行は早く出発して早く帰るのが賢いようです。また重いブロンプトンを2台運ぶのは疲れます。おかげでこの日一番の運動になりました。

2009年11月8日日曜日

Broの肖像 早朝の月(多摩川CR)


 既に3年位経つのでしょうか?仕事がある日は毎朝4時半に起きて駅までおよそ30分の道のりを歩いて出勤をしています。暗くそして更に気温が下がるこれからの季節は人も自動車も数が少なく、誰もいない道を歩くとまるで自分が街を独り占めしたような気分です。
 今週末は何時もと同じように4時半に起きて歩きではなく自転車で街を独り占めしようと考えました。出来れば綺麗な月明かりの中を自転車で走りたいと思ったのですが、生憎この日の東京は雲が多く綺麗な月を見る事は出来ませんでした。

 このブログの第1回目にブロンプトンのヘッドランプについて投稿をしました。その際にテールランプは改めてと書きながら長く投稿することが出来ませんでた。そして今回ようやくブロンプトンのテールランプについて書く事が出来ます。
 写真のようにブロンプトンは停車中でも走行中に蓄電をした電気でテールランプが約5分程灯り続けます。このスタンドライト機能は追突防止等、安全性の向上に繋がることは勿論ですが、何より乗っている本人が停車中に意味なく後ろを振り返り赤く点灯しているテールランプを確認することが嬉しいのです。これはダイナモライトが付属するキャリア付きブロンプトンの特典機能で残念ながらキャリアのないモデルにはこの機能がありません。ブロンプトンはキャリアが付いていないシンプルなLモデルよりもキャリア付きのRモデルの方が実用的だと私は感じています。


 月明かりの中、多摩川サイクリングロードまで自転車を走らせて日の出を眺めようと計画をしていたのですが思うようにはいきませんでした。それでもこの時間帯は猛スピードで走り去るロードレーサーの姿は少なく、散歩やジョギングを楽しむご近所の方達に混ざって穏やかな気持ちで自転車を楽しむことが出来ました。


 ブロンプトンでロードバイクやハイブリッドバイクのように多摩川サイクリングロードを走ると正直あまり面白くありません。小高いサイクリングロードから自分の感覚を刺激するような場所を探しながら走ります。サイクリングロードから外れて一段低い川沿いの細い道に入って行くと多摩川の違う側面を楽しむことが出来るからです。
 走ることを純粋に楽しもうと考えるならブロンプトンは物足りない自転車だと思います。トップギヤは重く速度を維持することは出来ません。またこの自転車でそのような走り方をすることは苦痛です。景色を眺め、道草をしながら穏やかな気持ちで走る、そのような余裕を持った走り方がブロンプトンならではの楽しみ方だと私は思っています。

2009年11月1日日曜日

Broの肖像 武蔵野の夕日 衣替え(三鷹の跨線橋)


 今年は太宰治の生誕100年、書店には太宰に関する本が目立つ所に陳列され、テレビでも太宰の特集番組が沢山制作されているようです。私の住む三鷹市は昭和14年から亡くなる昭和23年まで太宰が暮らした街として大変ゆかりが深く、昨年は没後60年を記念して「太宰治文学サロン」が開設されて様々な催しも行われています。
 此処、JR三鷹電車庫の上に架かる跨線橋は太宰が好んで訪れた場所として知られています。特に此処から望む武蔵野の夕日は太宰が愛した東京の風景の1つで「東京八景」にもその記述があります。太宰が生きた時代と変わらず行き交う電車と夕日を眺めに今でも多くの人が集まる場所です。


 風もなく日中は暖かく感じたのですが、午後4時を過ぎて跨線橋の上に立っていると流石に肌寒く感じました。
 冬にむけてブロンプトンの衣替えをしました。これは1年程前にBici Terminiから購入していた革製のフレームジャケットで、フレームの傷を防止すると共にこれからの季節は冷たくなった鉄のフレームを直接触れる事なくブロンプトンを持ち運べます。


 サドルバックも緑のツイード生地と革で出来た物に交換しました。これもフレームジャケットと同時に購入していた同じくHMクラフツマンの製品です。以前着けていたナイジェル・スミス&サンズのバックに比べると小振りですが、輪行用カバー、ブルックスのサドルカバー、スパナ、交換チューブとタイヤレバー、収納していた全ての物が綺麗に収まりました。自転車を折り畳んだ時もバックとチェーンが干渉することもなく、付属するD管リングにストラップを取り付ければサドルから取り外してポシェットとしても使えます。


 先日、Kirimaさんから頂戴した加茂屋のブロンプトン フィンガー クランプも装着しました。この製品はブロンプトンのステムとフレーム、2カ所を固定する留め具を付属するスプリングで押し上げて留め具がクルクルと回転しないように工夫されています。
 頂いたクランプは淡いゴールドでしたが、緑のブロンプトンに装着するといかにも“クランプを交換しました”という気恥ずかしい感じがしたので緑色にアルマイト染色をし直してさりげなくしました。Kirimaさん有り難うございました。こんな感じになりました。


 日没の時刻が近くなると跨線橋には夕日を眺める人々が集まってきます。ふと横を見ると小さな男の子が1人で夕日を眺めていました。僕たちも太宰と同じ風景を眺めていると思うと感慨深く何となくセンチメンタルな気分になりました。


 現在、太宰が暮らした三鷹の風景がそのまま残っているのは残念ながらこの跨線橋のみになってしまいました。昭和22年に田村茂が撮影した有名な太宰の写真と並べてみるとその様子は殆ど変わっていないことが分かります。此処は何時までも残しておきたい地元の風景です。


大きな地図で見る

2009年10月21日水曜日

Broの肖像 武蔵野ぶらり旅(仙川 野川)


 秋晴れに恵まれた日曜日、「一緒にポタリングに行きませんか?」 キリマさんからのお誘いを受けてブロンプトン3台で私達が住む武蔵野を一緒に走りました。
 先ずは京王線の仙川駅近くにある“武者小路実篤記念館”を見学しました。武者小路実篤記念館は私が度々ブログで話題にしている国分寺崖(こくぶんじがいせん)にあります。この記念館は武者小路実篤が晩年の20年間を夫人と一緒に住んだ家と庭が公開されています。庭は高台の武蔵野面から南側に低く傾斜して細長く延びており、崖線(がいせん)の特徴である湧き水が崖下から庭の中程にある池まで流れていました。庭園はご近所の方の憩いの場になっている様子で開園間もないのに既に数人の方が寛いでいました。

 武者小路実篤の住んだ建物の内部も公開されています。実篤の仕事部屋は建物の中心に位置し南側に大きな窓があって鬱蒼とした武蔵野らしい庭を眺めながら仕事が出来るようになっていました。「こんな仕事部屋なら俺もええ仕事が出きる」とキリマさん。その時は同感をしましたが恐らく私の場合は庭ばかり眺めて仕事になりません。
 建物の西側角には8畳の客室がありました。この部屋は夫人が趣味のお茶をたてた茶室としても使われていたそうです。南西面に大きな窓があって綺麗な秋の日差しが射し込んでいました。

 実篤記念館を出て直ぐの場所にある造園家 山田茂雄さんのオープンガーデン、“森のテラス”に行きました。こちらも国分寺崖線の地形を活かした庭作りがされています。オープンガーデンなので誰でも自由に庭を見ることが出来ます。感じのよい管理人の方からオレンジジュースをだして頂き、秋風が通り抜ける居心地の良いウッドデッキで寛いでいると時々「パラパラ」と小さな和太鼓を叩いたような音を立ててドングリが落ちてきました。ここは誰もが穏やかな気持ちになれる庭でした。


 森のテラスで寛いだ後、野川サイクリングロードを走って調布飛行場の“プロペラカフェ”に向かいましたが、この日は年に一度の飛行場祭りが開催されており、人が溢れて騒々しいのでプロペラカフェは諦めてハヤシライスが自慢と言う店で少し遅いお昼を食べました。

 昼食後は再び野川サイクリングロードを走りました。野川公園に入ると「ええなぁ」と言うキリマさんの言葉にほっとました。野川公園そして武蔵野公園を走った後、ブロンプトンから降りて押して歩くのが精一杯の細い路地、“はけの小路”を通り抜けて中村研一美術館の隣にある庭、“美術の森”を見ました。庭を眺めながら、「こういう所は大阪にはないな~」とキリマさん。私もご案内が出来て良かったな~と思いました。美術の森を出てハケの道の終点にある“金蔵院”に着いた時は既に午後4時を過ぎていました。国分寺までは行かずここで引き返すことにしました。


 帰り道、武蔵野公園で再びブロンプトンを並べて記念撮影。この時少しだけキリマさんのブロンプトンに試乗させて頂きました。キリマさんのブロンプトンは様々な工夫を施したカスタマイズがされており、ほぼノーマルな私のブロンプトンとは正反対な性質の自転車でした。バーエンドが付いたMTB用のハンドルに手をのせて少し前傾姿勢になって自転車を漕ぐと自然と前輪に力が加わってハンドルはクイックですが直進安定性は私のブロより遥かに良く、まるでレールの上を走るような感覚でした。金属バネのサスペンション(サイクルハウスしぶやのBD-1用)とタイヤ(プリモコメット)そしてリア三角のジョイントが異なることも大きく影響していると思いますが、大変剛性が高くゴムがのびてパンツが下がったようなブロンプトンの緩い乗り味とは全く異なる大人でスポーティーな自転車に仕上がっていました。同じ自転車でも手を加えることで乗り味が大きく変化することを再認識しました。

 深大寺で珈琲を飲んだ後、仙川の沿道に戻ってきた時は既に辺りは暗くなっていました。そしてブロンプトンで巡った今回の武蔵野ぶらり旅はここで終了となりました。キリマさん、楽しい時間を有り難うございました。今回ご紹介が出来なかったプロペラカフェと国分寺は次回ご案内を致します。

2009年10月18日日曜日

Broの肖像 日曜日が待ち遠しい!(多摩川CR)


 1人で出掛けていた多摩川サイクリングロードに家内も行ってみたいと言うのでこの日は2人でブロンプトンに乗って出掛けました。


 秋晴れの気持ちのよい日曜日にお気に入りの自転車で出掛ける。最高の気分です!
 しかし帰り道は風が強く家内は突然お疲れモード。芝の香りがする土手に寝転んで秋空を眺めながら暫く休憩、何とも心地よくこれもまた最高の気分でした。


 川沿いにススキが黄金色に輝いて大変綺麗でした。日中はTシャツでも汗ばむお天気もこの時期は夕方になると肌寒くなってきます。持って来たヤッケを着て家路を急ぎました。

2009年10月12日月曜日

TSRの肖像 秋の日(三鷹市 大沢の里 湿生花園)


収穫の秋です。地元、三鷹市の稲も刈り入れが終わっていました。


 逆さまに吊し干しされた稲が夕日に照らされて黄金色に輝いていました。このような風景を眺めていると19世紀フランスの絵画を連想します。ミレーに代表されるバルビゾン派だけでなく、それ以降の印象派や野獣派、近代画家は皆このような風景を好んで描いていました。


 TSRの前灯は、サスペンションによってフロントフォークが沈むと少しジル・ベルソーの鞄と干渉することがあったので新しものに付け替えました。
 こじつけですがこれもフランス、ルクソールのランプハウスです。ノスタルジックな流線型のフォルムがとても美しいアルミ製ランプです。以前取り付けていたソービッツといいフランスには素敵なデザインのランプが沢山あります。


 秋の日が目の前の風景を刻一刻と変化させていく様子を見ていると、印象派の画家達が対象をそのまま描くというより時間や現象を捉えようとした結果、抽象的な表現になったことが良く分かり共感することが出来ます。

 「秋の日はつるべ落とし」と言いますが刹那の美しさ、瞬く間に辺りは暗くなっていきます。早速交換したライトを灯して帰りました。

2009年9月26日土曜日

TSRの肖像 小さな秋(野川CR-多摩川CR)


 心地の良い虫の音そして道端に咲く曼珠沙華やコスモスの花々。其処此処に秋を感じ、自転車で出掛けるには最高の季節です。
 何時ものように野川サイクリングロードを走って先ずは国分寺まで地元の市民グリープが制作した「国分寺ぶらぶらマップ」を買いに行きました。


 武蔵野公園を抜けてはけの道を走ります。連休中はフットボールを楽しむ子供達の姿もなく公園内は大変静かでした。
 はけの道沿いに朽ちた門だけが残っている富永三郎邸の跡があります。富永三郎は昭和の美術評論家、富永二郎の弟で「武蔵の夫人」の作者、大岡昇平と富永二郎は成城学園で同級だったことから大岡昇平が上京した時に富永邸に寄寓していたことで知られています。


 はけの道の突き当たりある小金井の金蔵院。春は見事な垂れ桜が楽しめましたがこの時期境内には可憐な白萩の花が沢山咲いていました。此処は萩寺として地元の人達に親しまれています。


 金蔵院はとても小さな寺ですが、はけの道から見える門構えは凛々しく、季節毎に異なる風情が楽しめる本当に素晴らしい私のお気に入りの場所です。


 はけの散歩道を紹介した「国分寺ぶらぶらマップ」を購入したギャラリーウノヴィックの直ぐ先に立派な蔵がある農家がありました。この辺りには武蔵野の面影が残る道があり、ちょっと嬉しくなります。マップ購入後、国分寺から更に南、多摩川サイクリングロードへと向かいました。

 野川サイクリングロードから多摩川サイクリングロードそしてまた野川サイクリングロード。野川と多摩川、川沿いに走る2つのサイクリングロードを巡ることが最近私のお気に入りの自転車コースになっています。
 庭園やお寺等で道草をしながらのんびりと走ることが楽しい文科系の野川サイクリングロード。ロードバイクやハイブリッドバイクに混じって少し本気で自転車の走りを楽しめる体育会系の多摩川サイクリングロード。どちらも甲乙をつけがたい特徴のある自転車道です。特に最近は多摩川サイクリングロードを走ることがとても楽しく感じます。パシュレイTSRはロードバイクに遜色ない走りが楽しめる一味違う小径車なのです。


 和泉多摩川まで行き、橋を渡って多摩川の右岸、登戸方面へ行きました。多摩川を渡ると東京都から神奈川県になります。この先、多摩川のほとりに自転車乗り達の溜まり場になっている有名な休憩所があります。この日も自転車で良い汗をかいた沢山のオジさん達がビールを飲みながら楽しい一時を過ごしていました。私はその場を一瞥して再び橋の上に戻り、日が傾く多摩川を暫く眺めました。
 秋になって日の入りが早くなることは唯一残念に思います。そして自転車で遊んでいると何時の間にか時間が経って夕方になっています。

2009年9月19日土曜日

TSRの肖像 ザ・リバー(多摩川 記憶の風景)


私の脳の何処かで何時までも映し出されている風景があります。


映し出される風景は何時までも変わることがありません。


 その場所は幼稚園から小学校2年生までの僅かな期間を過ごした 猪方(いのかた)という人里から離れたような住所名がついた小田急線 和泉多摩川駅の辺りになります。


 幼児期とは毎日が夢の中にいるような、とらえようのない不確かな時間です。脳に映し出される風景は時空間を超越した形而上の風景とも言えます。


 感覚的には鮮明に映りますが、視覚的には極めて不鮮明な風景です。ペダルを漕ぎながら実在する風景の中へ進んで行きます。しかし求める風景に辿り着く手掛かりは僅かばかり、掴もうとすると穴だらけの軽石のようにその場で細かく崩れていきます。


 それはチネチッタのようでした。街中全てを描き換えてしまったかのように目の前の風景は記憶の中にある風景には繋がりません。私は僅かな望みを持って多摩川の土手に上がりました。しかし、多摩川も全てが異なっていました。唯一、そしてこれは私が知っている遥か昔から続いていることですが、川は今も西から東へと流れ続けていました。

2009年9月9日水曜日

ちょっとライトな話 (マイ ファーストCD)


 日増しに日照時間が短くなっていることを実感しています。先日、家内のブロンプトンには秋冬に備えてライトを新調しました。一方、自分のパシュレイは前灯にソービッツのランプハウスにLEDを仕込んだ自作ライト、尾灯も外観はクラシックなアルミ羽布仕上げですが光源はLEDのライトです。前後に各1灯ずつLEDライトを付けていますが共に明るさが不足していると感じていました。日没が早い秋冬に備えて小さくても明るいLEDの補助ライトをパシュレイに追加しました。

 改めて眺めるとグローランプのようにも見えますが、パッケージに入ったMOONのLEDライトを初めて見た時は何故か真空管を想起しました。
 巷では今再び真空管が人気のようです。実家には昔、父が自作した真空管のステレオがありました。残念ながらそのステレオがどのような音であったか覚えていませませんが、電源を入れてから暫く待たないとレコードを聞くことが出来なかったことは記憶しています。
 現在 私の音楽鑑賞方法は外出時はipod、家ではMacとiTunesの組み合わせ、真空管とは程遠い音楽鑑賞環境です。Macの内蔵スピーカーでは音量、音質、共に不足と感じてMacの音声出力端子からプリメインアンプへは ちょっと拘ったモンスターケーブルで繋ぎ、デザインに惚れ込んだミニポッド ラウドスピーカーでiTunesに入れた様々なジャンルの音楽を楽しんでいます。


 80年代のはじめ、CDが店頭に並ぶようになってからも暫くレコード派でした。CDプレーヤーを持っていなかったこともありましたが、レコードに比べてCDはジャケットが小さくて魅力に欠くものだったからです。反面、初めて買うCDは何にするかも考えていました。
 弟がCDプレーヤーを購入してCDを聞く環境が整った頃、グッドデザインなCDがリリースされました。イギリス、マンチェスターのグループ、ニュー・オーダーの「ブラザーフッド」です。まるでヘアーラインの金属プレートをプラスチックケースに収めたように見せた斬新なデザインは、レコードのジャケットでは表現することが出来ないCDの時代を予感させる新しいジャケットデザインに見えました。このCDジャケットは同じくマンチェスターのグラフィックデザイナー、ピーター・サヴィルによるもので、私はニュー・オーダーの音楽ファン以前にピーター・サヴィルがデザインしたレコードジャケットのファンでした。特に80年代はじめに次々とリリースされたニュー・オーダーの12インチシングルのデザインは今でも秀逸だと思っています。ファクトリー・レコードのピーター・サヴィル、ヴァージン・レコードのラッセル・ミルズグリーン・ガートサイド(スクリッティ・ポリッティ)この3人が当時お気に入りのレコードジャケットデザイナーでした。


 80年代後半になると徐々にレコードが店頭から消えて行き、CDにその場を譲るようになっていました。ニュー・オーダーの次のアルバム「テクニーク」はそのような時代ににリリースされました。このアルバムは当時流行っていたハウス・ミュージックの影響を強く感じさせるヘビーなエレクトリックサウンドでした。アナログとデジタルの絶妙な調和にこのバンドの魅力を感じていたので、当初はそのサウンドに少し面喰らったことを覚えています。
 90年代に入ると完全にCDの時代に移行していました。ニュー・オーダーが所属していたファクトリー・レコードも間もなく潰れてしまい、ニュー・オーダーは新しいレコード会社に移籍、バンドの雲行きもおかしくなっていきました。ピーター・サヴィルがデザインした「テクニーク」のジャケットも「ブラザーフッド」のような鮮烈な印象はなく、また輝かしく映ったジャケットデザインの世界も陰りを感じるようになっていました。「テクニーク」以降、ニュー・オーダーの音楽を聞くこともなくなり、同時に流行のバンドにも関心が低くなって行きました。レコードの終焉と共に自分でも異常とも思えたポップミュージックへの傾倒も終焉を迎えました。

  最後に再びライトの話に戻します。真空管タイプ(M-1WM-1R)のLEDライトと共に同じくMOONの他のLEDライト(M-3W)も購入しました。真空管タイプは光を拡散させますが、こちらは先端にレンズが付いた一点を集中的に照らすスポットタイプです。このライトは路面を照らす明かりとしてパシュレイのフロントフォークに付けることにしました。
 真空管タイプ(M-1WとM-1R)は点灯と点滅が選べ、点滅で45時間、点灯では25時間連続点灯可能。スポットタイプ(M-3W)は点灯にハイとロー2種類が選べて真空管タイプ同様に点滅することも出来ます。点灯はハイで25時間、ローで35時間、点滅では50時間稼働可能です。両タイプ共に電源はボタン電池(CR2032)を2ヶ使用しています。尚、自転車に取り付けるラバーバンドにはライトの照射角度を調整出来る便利なライトステーが付いています。
 MOONのLEDライトは小ぶりですが明るくて軽い優れた製品だと思います。これで日没が早くなるこれからの季節も安心してパシュレイで出掛けられます。

2009年8月30日日曜日

TSRの肖像 ものづくり日本へ(へら絞 調布市 深大寺)


 選挙も夏も終盤、週末の東京は大変暑い1日となりました。
 午前中、買い物がてら久しぶりにパシュレイTSRに乗って出掛けました。家内と一緒に出掛ける時は何時もブロンプトン。よってこの日は朝からパシュレイに乗ってみたかったのです。

 此処は三鷹市の隣、調布市 深大寺です。トタン板の建物が前から気になっていた“金属へら絞り”の「小野製作所」まで行ってみました。

 金属のへら絞りについて詳しい知識はありませんが、へら絞りとは円盤のような円い金属板を回転させて“へら”を使って金属板を金型の形に塑性、成形する金属加工です。以前、見本市でへら絞りの行程を記録したビデオを見る機会があり、少し原始的な加工方法にも映りましたが二次元の平たい板から三次元の物が出来る様子は正に手品を見ているようでつい見入ってしまいました。

 このような小さな加工所が調布市内にどれだけ在るのか分かりませんが、東京には大田区をはじめ、画一化された大企業には真似する事が出来ないユニークなアイディアと優れた技術を持った職人がいる中小の工場が沢山あります。しかしご存知の通り昨今の景気低迷の煽りを受けて何処の工場も生き残りを賭けた厳しい状況が続いています。

 久しぶりにパシュレイの自転車に乗って改めてこの自転車の素晴らしさを感じました。走る事が本当に楽しい自転車、パシュレイTSRに乗るとどこまでも走って行きたい気分になります。
 パシュレイの一番の美点は鉄で出来た堅牢なフレームです。そしてこのフレームワークがあってこそモールトンのサスペンションが機能するのだと思います。一方でフレームの銀ロウ付けは御世辞にも上手とは言えません。日本人のフレームビルダーが作る自転車の方が恐らく仕上げは綺麗です。しかし、TSRのような手間の掛かる自転車を未だに作り続けることが出来るパシュレイ、そしてこのような自転車メーカーが成り立っているイギリスという国にとても心が動かされます。

 ある自転車店で日本の大手自転車メーカー ブリヂストンにはフレームビルダーが今ではわずか1人しか残っていないと聞きました。学生の頃、ブリヂストンの自転車に乗っていただけにこの話は衝撃であり、やるせない気持ちになりました。


 ものづくり日本と言われていたのは何時頃までだったのでしょう?効率化という名の下で要領よく上手にやれる者だけが生き残れる社会、ものづくりすることが出来ない国。残念ながら日本は暗雲垂れ込める状況にあると思います。