2009年4月28日火曜日

TSRの肖像(国分寺崖線めぐり お鷹の道へ)


 「はけの森美術館」を出発して「はけの道」を更に西へ向かうと道の突き当たりに以前紹介した「金蔵院」が見えてきます。寺院内の枝垂れ桜の花は散ってしまいましたが新緑が大変綺麗でした。また前回はなかった萩が植えられていました。秋に訪れれば白萩を楽しめるでしょう。



 小金井街道を越えて更に西へ行くと「貫井神社」に着きます。「貫井神社」も小説、「武蔵野夫人」の中で「はけ」の水源を探して道子と勉が訪れた所です。今も変わらず神社の奥にある薄暗い崖下から水が湧き出ています。昔はこの湧水を貯めて「貫井プール」という50メートルのプールがあったそうですが残念ながら今はありません。湧水なのでかなり冷たいプールだったようです。「貫井神社」の湧水も「東京の名湧き水57選」に選ばれています。


 「貫井神社」を更に西へ向かいます。東京経済大学の裏を走り抜けるとJR国分寺駅の南側に「殿ヶ谷戸庭園」があります。この庭園も素晴らしいのですが今回は立ち寄らずに国分寺駅とは反対の南方向へ、坂を下ります。坂を下りきった辺りで国分寺街道と合流すると不動橋で再び野川に出会います。橋を渡って右折し暫く走ると今回の目的地「お鷹の道」は閑静な住宅街の中にありました。



 「お鷹の道」は寛延元年(1748年)この辺りが尾張徳川家のお鷹場に指定され、鷹狩りの際にこの道を行き来したことからこの名前が付いたそうです。ご覧のように水路の中にはカラーの花が綺麗に咲いていました。なお水路沿いの道は自転車で走る事は出来ません。よって自転車はおして歩きます。水源に近づくにつれて目の前に現れる景色はまるで歴史を遡っていくようでした。



 道の途中で右折出来るところがあります。入ってみると古い農家が数件ありました。野菜の庭先販売を行っており、私も「大根菜」と「のらぼう」というアブラナ科の野菜(先日紹介した菜の花と同じ種)を買って帰りました。油で炒めて食べたら菜の花よりも癖がなく甘みと歯ごたえがあるとても美味しい野菜でした。



 農家の直ぐそばには古い伝説のある「真姿の池」があります。嘉祥元年(848年)、玉造小町という大変美しい娘がおりましたがライ病を患い、醜い顔になってしまいました。そこで武蔵国分寺の薬師如来に訪れたところ1人の童子が現れてこの池の水で身を清めるように言われました。娘は言われた通りこの池で身を清めると元の美しい姿に戻ったと言うお話があります。



 「真姿の池」の先は崖になっており崖下からは湧水が出ています。この水は環境省が選定する全国名水百選にも選ばれています。大きなペットボトルを持参した人が次々に水を汲みにやってきていました。



 崖の階段を上がると「国分寺公園」という大きな公園があります。突如現れた現代的な風景を見て崖下の世界から現代に戻ってきたような不思議な気分になりました。



 再び崖下の世界に戻って「お鷹の道」の続き、西へ歩いていきました。「お鷹の道」は市名の由来となっている国分寺というお寺の近くで終点になりました。水路のみが竹薮の奥、崖下の方向にまで続いていました。



 「お鷹の道」終点(始点)国分寺の前に建つ巾6.2メートル奥行3.7メートルの巨大な国分寺楼門を背景にTSRの写真を撮って今回は家路に就くことにしました。


 「お鷹の道」は全行程でおよそ350メートルの短い遊歩道ですが、水源に向かうにつれて辺りの風景が昔へと変化していくタイムトンネルのような小道でした。江戸時代は勿論、遥か昔に繁栄をした武蔵国分寺の時代にまで想いをめぐらせながらゆるりとした時間が流れています。なお、水路には蛍が棲んでいて5月頃からその姿を楽しめるようです。


mincoroおすすめ度:★★★★★(星5中5つ)


お鷹の道(真姿の池)

所在地:〒185-0023 東京都国分寺市西元町1丁目

お問い合わせ先:国分寺市観光協会042ー325-0111内線393


次回、番外編をお楽しみに

2009年4月24日金曜日

TSRの肖像(国分寺崖線めぐり 美術の森へ)


 久しぶりにTSRに乗って1人で出掛けました。
今回は国分寺崖線沿いを走りながらJR国分寺駅の南側、西国分寺駅方向まで続く「お鷹の道」と呼ばれる「東京の名湧き水57選」にも選ばれている湧水が流れる小道を目指しました。

  国分寺崖線(こくぶんじがいせん)とは古代多摩川が長い年月を掛けて西南に移動して、武蔵野台地が侵食されて出来た段丘で西は立川市の北東付近から、東は 世田谷区の野毛付近まで続いています。昔からこの辺(武蔵野)では「はけ」と呼び、崖下からは湧水が出ている所が多く見られます。また崖下からの湧水は野川の源流の1つになっています。

 何時ものように野川沿いの道、野川サイクリングロード通って西へと向かいました。道幅が狭い野川サイクリングロードですが、自動車を気にすることなくのんびりと川辺の景色を眺めながら走れる大変気持ちがよい道です。
 野川沿いには桜の木も沢山ありますがこの日は八重桜がまだ楽しめました。(上の写真)初夏のような気候であったこの日、土手の下まで降りてキラキラと光る水面を暫く眺めました。


 暫く走り続けると野川公園に入ります。開放的なこの辺りの風景はJR中央線のポスターに使われた場所でもあります。
  野川公園内に入ると道は舗装道ではなくなります。このような状況ではTSRのフルサスペンションが機能して路面から伝わる鋭い振動をいくらか和らげてくれます。しかし、サスペンションがついたからといってシトロエンのような乗り心地になる分けではありません。私がTSRのサスペンション効果を一番感じるのは坂道を上る時です。かなり急勾配と思える坂道であってもタイヤが路面をしっかり捉えるので無駄な力を入れることなく坂道を上れます。この点は特にブロンブトンとの差を大きく感じるところです。

 西武多摩川線の線路を潜ると武蔵野公園になります。武蔵野公園を抜けると「はけの道」と呼ばれる崖線沿いの道に出てきます。

「はけの道」の中程に位置するのが「はけの森美術館」です。洋画家、中村研一のお屋敷があった場所に1989年、富子夫人が開館した個人の美術館でしたが、その後 小金井市へ寄贈されて2006年から小金井市立の美術館になっています。美術館の裏には「美術の森」と呼ばれる中村研一の旧邸と庭を見ることが出来ます。


「美術の森」は大岡昇平の小説「武蔵野夫人」のモデルになった場所としても知られており崖の斜面に造られた庭は国分寺崖線の特徴を見ることが出来ます。庭には「東京の名湧き水57選」にもなっている湧水が出る小さな池があり、湧水は敷地の外まで流れています。


 敷地内には中村研一が愛用した茶室「花侵庵」があります。「花侵庵」とは花の香りが侵入してくる庵という意味で中村研一が命名したそうです。また旧邸を改装して現在は雰囲気がよいカフェとして使われています。


 崖の上まで続く石段の中には石臼があり、石段の途中には竹筒で造った蜂宿(はちやど)も設置されています。昔は害虫駆除のために狩人蜂を棲ませたようです。


 石段を上がっていくと崖の上に裏門があります。「武蔵野夫人」の中に書かれているようにこの辺りは崖下(南側)を正門にしているようです。崖の斜面は木漏れ日が綺麗な竹林になっています。


 庭内から湧き出た水は敷地外の「はけの道」をはさんで「はけの小路」と呼ばれる小道に沿って野川の方に流れています。

「はけの森美術館」と「美術の森」は過去にも何度か訪れていますが何時来ても落ち着ける空間です。この日はカフェがお休みだったため見学者が少なくゆっくりと庭を楽しめました。メインの美術館で中村研一の作品を楽しんだ後に武蔵野の面影を残す「はけ」の特徴を見ることが出来る庭も楽しめるので多くの人にお勧めが出来ます。またJR武蔵小金井駅からも歩いて行ける距離にあり、アクセスも比較的容易です。敷地内のオーブン・ミトンカフェは女性やカップルに人気があるようですが私個人はたまに入る程度でよいかな?という感想です。

mincoroおすすめ度:★★★★☆(星5中4つ)

はけの森美術館
所在地:東京都小金井市中町1-11-3
開館時間:10時から17時(入館は16時半まで)
休館日:月曜日(休日の場合は翌日)
電話:042-384-9800
オーブン・ミトンカフェは10時から16時半まで(冬期は15時半)、定休日、月、火、第3日曜日

続きは次回 「お鷹の道」を目指します。

2009年4月17日金曜日

Broの肖像(野川 菜の花について)



 この時期、野川サイクリングロードを走ると一段低い川沿いの道に菜の花が可愛い黄色い花をつけて沢山咲いてるのが確認出来ます。
 先日、kirimaさんのブログで(FLENDERさんのコメント)この菜の花がセイヨウカラシナという種であることを知りました。よい機会なので菜の花について自分なりにほんの少し調べてみました。



 菜の花はこの時期に黄色い花を咲かせるアブラナ科、アブラナ属の花を総称して菜の花と言います。沢山の種類があって皆同じような黄色い花を咲かせるので一瞥しただけではちょっと区別がつきません。
 総称ではなく食用種で花房(つぼみ)や花茎(くき)を食べるものを指して一般には菜の花と言でうので大変混乱してしまいます。またこの菜の花と呼ぶもの中にも食用以外に観賞用と菜種油をとる種もあるので更に混乱します。

 白菜、小松菜、キャベツ、チンゲンサイ等、私達の食卓でもお馴染みの野菜も同じような黄色い花を咲かせる菜の花の仲間になります。ご存知のようにこれらは葉を食べる葉菜類の菜の花です。尚、花が咲いてしまうと食用に向かなくなるので花が咲く前に収穫をします。



 野川に咲くセイヨウカラシナもアブラナ科、アブラナ属なので菜の花になります。種は芥子の原料になるそうです。



 今の季節は自転車で出掛けると本当に気持ちがよいです。既に小さな虫が沢山飛んでいましたが、もう暫くすると蚊などが発生して川沿いでこんなことはしていられませんね。

2009年4月11日土曜日

’09 神田川の桜(見納め)



 以前、アメリカの友人に何故日本人は桜の花で花見をするのか?と聞かれたことがありました。私は唐突な彼の質問に対して上手に説明をすることが出来ませんでした。彼いわく、つつじの花だって桜の花に劣ることなく大変綺麗ではないか?何故つつじの花で花見はしないのか?桜は日本人にとって特別な花なのか?そのように言われてみると私も日本人の桜の花に対する特別な感情を不思議に思いました。



 ここ数日は4月とは思えない暖かい日が続きました。開花から満開まで長く楽しめた今年の桜もいよいよ見納めの次期が近づいています。神田川沿いに咲く桜も風に揺られて桜吹雪となり散っていきます。夕日に照らされてはらはらと散る桜ははかないと言うよりも優雅でありドラマチック。今更ながら桜の花は散り際まで大変綺麗です。

 桜の花はつぼみをつけ、花を咲かせて散るまで全てが綺麗です。つつじの花はそうはいきません。特に日本人は散る姿も美しい桜の花を愛したのだと思います。逆に牡丹の花は最後に花ごと落ちるので縁起が悪いと言って嫌う人もいるくらいです。

 「立つ鳥跡を濁さず」「有終の美」等、日本人は最後を美しく、よく見せたいという意識が強いように感じます。しかし死というものは美しいというよりも時に激しくまた無様でもあります。死にゆくものへの報い、優しさなのかもしれませんが死を包み隠そうとする日本人の気質を同時に感じます。



 桜の散る姿を利用して戦争で多くの若い命が奪われたことも忘れてはいけません。そして未だにこの国はそのような性質を持ち続けていると私は思っています。



 人は感じたことを頭でいろいろ考えて理屈をつけたがりますが、桜の花が美しいと感じるのは理屈ではありません。どのような状況であっても自分が感じたことを素直に受け入れられて率直でありたいと今年の桜を見て思いました。

2009年4月10日金曜日

Broの肖像(国立天文台三鷹キャンパス)



 武蔵野市、三鷹市には古代多摩川によって土地が削られて出来た「崖線(はけ)」と呼ばれる特殊な地形(土地に高低差がある)をした場所があります。今回見学をした国立天文台三鷹キャンパスは崖線(はけ)の地形を上手に利用して建てられた施設と言えます。

 天体観測は周りに障害物がない高い場所、また街の光の影響を受けない自然環境が必要です。国立天文台三鷹キャンパスは東京 港区麻布にあった東京帝国大学内(現、東京大学)の東京天文台を大正3年から13年に掛けて今の三鷹市大沢に完全移転させたものです。都心からも遠くなく、恐らく移転当時の三鷹市大沢は天文台の移転先として良好な条件が揃った場所だったのだと思います。しかしこの辺りも当時に比べると周りに沢山の建物が建ち天体観測には厳しい環境になりました。現在は観測よりも国内外にある我が国の天体観測所の本部として主にデータ解析や研究を行っているようです。
 国立天文台三鷹キャンパスは大学共同利用機関法人 自然科学研究機構国立天文台の本部キャンパスになります。敷地内に東京大学の天文学教育センターと日本天文学会の本部も同居しています。所内は一般に無料で公開され、天体観測設備や近代建築物としても価値がある建物を見学することができます。

 国立天文台三鷹キャンパスは隠れた桜の名所として知らています。以前から桜の咲く時期に合わせて見学をしたいと思っていましたが、今回ようやく念願が叶いました。
 受付の際、守衛さんに大正時代に建てられた貴重な建物と自転車を一緒に写真に撮りたいと申し出てブロンプトンを所内に持ち込みましたが、広い敷地内の移動にブロンプトンを利用することが出来て自転車の持ち込みをしたことは正解でした。

 上の写真は国立天文台三鷹キャンパスの中で一番古い建物である第一赤道儀室です。大正10年に建てられた鉄筋コンクリートの建物。口径20センチの屈折望遠鏡(ドイツのツァイス製)が設置され主に太陽の黒点スケッチ観測に使われていたようです。国登録有形文化財の建物です。小さくて可愛い木製ドームをのせた姿は今回私が見た建物の中で一番気に入った建物です。


 こちらは大正15年に建てられた大赤道儀室。ブロンプトンの大きさと比較すると分かるように高さ19.5メートル、ドーム直径は15メートルもある2階建ての大きな鉄筋コンクリートの建物です。主に土星の衛星や星の位置観測に使われました。こちらも国登録有形文化財の建物です。


 大赤道儀室内部の様子です。望遠鏡は国内では最大の口径を誇る65センチの屈折望遠鏡です。(ドイツのツァイス製)観測する星を定める際に広範囲が見える別のレンズが二眼レフカメラのように付いています。(鏡胴が2つある)大きな望遠鏡ですが望遠鏡の重さと等しい錘(おもり)でバランスがとられていて観測者が1人で大きな望遠鏡を簡単に動かすことが出来るようになっています。また低い位置の星を観測する時は望遠鏡を覗く接眼部分の位置が高く上がってしまうので建物の床を迫り上げて接眼点まで近づき望遠鏡を覗くことが出来るようになっています。
 以前はこの望遠鏡で一般の天体観望会も開かれていたようですが、残念ながら今は行われていません。尚ドーム型の屋根は木製で当時の建築技術では作ることが出来なかったため造船技師によって造られたそうです。よく見ると巨大船の船底のように見えます。


 この建物は大正19年に建てられた太陽分光写真儀室。ドイツのポツダム天体物理観測所と同じ構造と機能を持っているため通称アインシュタイン塔と呼ばれています。塔全体が望遠鏡の筒の役割を果たしており地上5階、地下1階の鉄筋コンクリートの建物です。太陽の自転の測定や太陽光スペクトルの研究に使われたそうです。この建物も国登録有形文化財ですが内部に入ることも近づくことも出来ません。老朽化が進んだちょっと怖い感じのする建物でした。


 こちらはゴーチェ子午環(しごかん)の前で撮ったブロンプトン。ゴーチェ子午環は天体の精密位置観測に使っていた観測装置で、長年の間、眼視による測定を行っていましたが後にCCDカメラによる精密な測定も行われていたそうです。ちなみに1903年、明治36年にゴーチェ社(フランス)によって製造され、1926年(大正15年)に三鷹に設置されました。


 キャンパス内は隠れた桜の名所だけあっていたるところに桜の木が植えてあり、綺麗な花を咲かせていました。

 国立天文台三鷹キャンパスは私のように天体の知識も興味もない超感覚派人間でも十分楽しめる見所満載の場所でした。広い敷地内には武蔵野の自然が沢山残っており、季節毎に訪れてその様子を楽しむことも出来そうです。
 月に2回、天体観望会が実施されるようなので是非参加をして、これを機会に少しは天体に興味を持ちたいと思います。

(最後に総評)
  • 天体に知識や興味がなくても敷地内の施設、建物を見るだけでも面白い。
  • 武蔵野の自然を静かに満喫出来る空間はとても貴重。(敷地内には古墳などもあり)
  • もう少し施設内の案内情報が分かり易いと更に楽しめる。
  • 自転車以外でのアクセスは少々面倒な場所。
  mincoroおすすめ度:★★★☆☆(星5中3つ)

国立天文台三鷹キャンパス
所在地:東京都三鷹市大沢2−21−1
見学時間:10時から17時(入場は16時半まで)
※12月28日から1月4日を除く毎日見学が可能
電話:0422−34−3688

2009年4月4日土曜日

Broの肖像(金蔵院 枝垂れ桜)


 今週木曜日、ようやく東京都心で桜の満開が観測されました。
今年は3月下旬の気温が低い状態が続いたため満開までの日数が長かったようですが桜の花を長く楽しめることは悪くありません。

 桜の満開までに時間が掛かった3月の気候は私達の体調も狂わせていました。幸い月末には久しぶりに2人揃ってブロンプトンで出掛けることが出来ました。相変わらずのスロースタートなので午後からの出発となりましたが、綺麗な春の夕日の光で見事な枝垂れ桜を見ることが出来ました。

 今回は出掛ける前から何時も引き返してしまう中村研一美術館(はけの森美術館)よりも先まで行くことを決めていました。神代植物公園をかすめ、野川サイクリングロードを通って野川公園そして武蔵野公園を抜けて崖線(はけ)の道に出ます。この辺りは国分寺崖線(こくぶんじがいせん)と呼ばれる段丘崖特有の地形をしています。崖線の道の南側に野川が流れ、北側は一段高い土地が続いています。西へ走り続けると道の突き当たりに金蔵院と呼ばれる寺院があります。

 金蔵院は永禄9年(1566年)創建と言われ、小金井で最も古いお寺と言われています。地域の人たちに親しまれ明治時代には寺子屋が、大正時代には村役場が設置された時期もあったようです。

 中村研一美術館から崖線の道を通って来ると丁度正面に金蔵院の立派な山門が見えてきます。近づくと寺院の中が窺え、私達が訪れた時は写真のように本堂の横に立つ枝垂れ桜が大変綺麗に咲いていました。その姿に吸い込まれるように山門を潜り、何時のまにか境内に入っていました。静寂の中、春の夕日に照らせれた枝垂れ桜を2人で暫く眺めました。
 地元では、しら萩の花が咲く萩寺として親しまれているようですが、何故か空の柵ばかりで萩の姿はありませんでした。植え替えを行う予定なのかもしれません。また秋の頃に訪れればしら萩の花が楽しめるのかもしれません。



 金蔵院の境内には樹齢300年以上と言われるケヤキとムクの大木が立っています。外の小道からシンボルツリーを撮りました。