2009年6月28日日曜日

「日本の自画像」



 世田谷美術館まで写真展「日本の自画像」を見に行きました。(6月21日で終了)
 「日本の自画像」展は第二次大戦集結(1945年)から東京オリンピック開催(1964年)まで、激動する19年間の日本を石元泰博(以前にも紹介)、川田喜久治、木村伊兵衛、田沼武能、東松照明、土門拳、長野重一、奈良原一高、濱谷浩、林忠彦、細江英公、以上11人の日本人写真家達が撮影した白黒写真168点で構成した写真展です。



 この写真展は2004年に出版された同名の写真集「日本の自画像」(岩波書店)が基になっています。写真集の企画は戦後の日本の写真に興味を持ったパリ在住のマーク・フューステル(息子)、ヘレン・フューステル(母)親子が2002年から地道に始めたもので、写真集を制作するにあたり本展にも写真を提供した写真家の田沼武能、岩波書店 美術書編集者の多田亜生、写真評論家の平木収、人物地理学者の竹内敬一らが協力しています。当初は写真集の出版の後にフランス、パリにあるポンピドー・センターで展覧会が開催される予定でしたが、この企画に賛同していた当時ポンピドー・センター写真部門の責任者であったアラン・サヤグが写真集出版後に退官してしまったことで、写真展の話しは白紙になってしまいましたが、写真集制作から5年の歳月を経て今回ようやく日本で写真展が行われるようになったという経緯があったようです。



 本展覧会で展示された168枚の写真は有名な写真が多く、少しでも写真に興味がある者にとっては、選ばれた写真自体には新鮮味の欠ける展覧会に映ります。しかし、終戦直後から東京オリンピック開催まで激動する約20年間の日本の様子をこのように写真で改めて眺めてみると大袈裟ですが私なりに発見もあって大変興味深い写真展でした。

 特に印象に残ったことは敗戦後、僅か20年足らずの間で何の葛藤もなく殆どの日本人がアメリカ的民主主義に見事に同調してしまったことです。
 田沼武能や林忠彦が撮影した終戦後の子供達を撮った写真を見た後に、約10年後に同じく東京銀座で田沼武能が撮影した若者達の姿を撮った写真を見ると複雑な気持ちになりました。終戦後、僅かな期間で復興を遂げた日本を写真展では"日本民族の強靭さ"と言う表現をしていましたが、アフガニスタンやイラク等、アジアの国々がもがき苦しんでいることに比べて日本人の身代わりの早い性質には軽薄さを感じずにいられませんでした。


※林忠彦 撮影 煙草をくゆらす戦災孤児 東京上野1946年(左)
※田沼武能 撮影 紐で電柱に繋がれた靴磨きの子供 東京銀座1949年(右)


※田沼武能 撮影 銀座の若者 東京銀座1960年(左)
※田沼武能 撮影 銀座の若者 東京銀座1962年(右)

 本展覧会では激動する日本の様子と同時に日本の写真表現の変化も見せています。写真について感じたことも幾つかありました。
 先ず、土門拳や木村伊兵衛らが写した被写体主体のドキュメンタリー写真が力強くそして当時の日本の様子が写っていることが素直に面白いと感じたことです。東松照明や奈良原一高らの写真も勿論、新しい写真表現として素晴らしい写真ですが、今回のような企画で写真を観るとストレートに時代を写した土門や木村達の写真が断然面白く映りました。別の言い方をすれば東松照明らが自己のイメージを探求し突き進んで行く程そこに映し出された写真は抽象的で写真のエネルギーは対照的に減衰していくように感じたのです。


※土門拳 撮影 しんこ細工 東京浅草雷門1954年


※東松照明 撮影 <長崎> 熱線とその後の火災で溶解変形した瓶 1961年(左)
※奈良原一高 撮影 <人間の大地> No.41 緑なき島 軍艦島 長崎1954-57年(右)

 「日本の自画像」展は濱谷浩の「終戦の日の太陽」を撮った写真から始まっています。そしてこの写真は本展覧会を象徴する写真でもあります。展覧会の企画者、マーク・フューステルも「終戦の日の太陽」を重要な写真と捉えているようです。
 玉音放送で日本の降伏と戦争終結を知った後に濱谷が何故このような写真を撮ったのか真意は分からないが、展覧会の最初にこの写真を選んだのは単に日本の戦後の出発点というだけではなく、日本の現代史において最も混乱と激動を経験した時代の重要な種子が包含されている写真であるとマーク・フューステルは展覧会の図録に書いています。


※濱谷浩 撮影 終戦の日の太陽 新潟高田1945年

 私も今回の写真展で1番印象に残ったのが濱谷浩の写真でした。特に「終戦の日の太陽」はこの時 既に来る新しい世代の写真表現を予測するような写真であり、同時に時代を超えた1枚だと思います。日本の写真表現は東松や奈良原ら以降、益々個人的で内省的になっていきますが、濱谷の写真は媚びることなく尊大になることもない、バランス感覚が際立った古くならないな表現、クラシックな写真だと思いました。


 用賀駅から世田谷美術館まで続く道、「用賀プロムナード」に使われた瓦は写真家から淡路瓦の瓦職人になった山田修二が造ったものと聞いたことがあります。いぶし瓦を暫し眺めていると確かにモノクロプリントの世界と共通する美しさを感じました。

 この写真展は土門拳記念館(2009年8月27日から10月28日)、愛知県美術館(2009年11月6日)、清里フォトアートミュージアム(2010年6月5日から8月31日)を巡回します。

※の写真は本展の図録(発行元クレヴィス)より転用しました。

2009年6月17日水曜日

良いデザインとは○□(ディーター・ラムス)

 丸と四角があれば優れたデザインが出来る。という錯覚すら起こすくらいディーター・ラムスがデザインした製品の多くは丸と四角で構成されています。
 ディーター・ラムスはドイツを代表する工業デザイナーで1955年から40年間、ブラウン社(日本ではひげ剃りが有名)のデザイナーとして活躍し、彼が手掛けた製品はドイツ国内外を問わず多くのデザイナー達に影響を与えました。
 特にアップルのデザイナー、ジョナサン・アイブ(英)はラムスから強い影響を受けたデザイナーの1人と言われています。また、今回の展覧会を見てもそのことが大変よく分かります。少し大袈裟に言えばアップルの製品はラムスの孫と言っても過言ではないくらいよく似た造形そしてデザイン思想を受け継いでいるように思いました。

 ディーター・ラムスが提唱した「良いデザインの10ヶ条」と言うのがあります、展覧会場で配られていたラムスの製品を基にデザインされたポストカードと共に紹介します。

Good design is innovative. 良いデザインは、革新的である。
既存製品の形を真似るものでもなく、単に新奇性のための新奇性を生み出すのでもない。革新の神髄は、製品の機能すべてに明確に見て取れなくてはならない。
現在の技術的発展は、革新的なソリューションを生み出す新たなチャンスを提供し続けている。
(写真左:L2 スピーカー 1958年 ブラウン社)

Good design makes a product useful. 良いデザインは、製品を有用にする。
製品は使われるために買われる。それは、中心的機能においても付加的機能においても、明確な目的を果たさなければならない。デザインの最も重要な任務は、製品の有用性の効用を最大化することである。
(写真右:audio2 オーディオユニット 1964年 ブラウン社)


Good design is aesthetic. 良いデザインは、美的である。
製品の審美的側面は、製品の有用性と不可分である。なぜなら、毎日使う製品は、私達の快適な暮らしを左右するからだ。
しかし、美しさを持ちうるのは、うまく考えられたものだけだ。
(写真左:TG60 オープンデッキ 1965年 ブラウン社)

Good design makes a product understandable. 良いデザインは、製品を分かりやすくする。
それは、製品の構造を明らかにする。さらに良いのは、製品自体に語らせることができる点だ。ベストなのは説明を要しない。
(写真右:RT20 中超短波ラジオ 1961年 ブラウン社)

Good design is unobtrusive. 良い製品は、押し付けがましくない。
目的を果たす製品は、道具のようなもの。装飾品でも芸術品でもない。したがって、そのデザインは中立的で控えめで、ユ-ザ-に自己表現の余地を残すものであるべきだ。
(写真左:ateller レコードプレーヤーP4 1984年/チューナーT2 1982年/カセットデッキC2 1982年/アンプA2 1982年 ブラウン社)

Good design is honest. 良いデザインは、誠実である。
良いデザインは、実際以上に製品を革新的に、パワフルに、あるいは価値がありそうに仕立て上げない。守れない約束で消費者を操作しようとしない。
(写真右:T52 ポータブル中長超短波ラジオ 1961年 ブラウン社)

Good design has longevity. 良い製品は、恒久的である。
短期間のうちに時代遅れとなってしまうトレンドを追わない。うまくデザインされた製品は、今日の使い捨て社会における短命のつまらない製品とは大いに異なる。
(写真左:L1 スピーカー 1957年 ブラウン社)

Good design is consequent down to the last detail. 良いデザインは、あらゆる細部まで一貫している。
何も曖昧であってはならない。デザインプロセスにおける徹底と正確性は、ユ-ザ-への敬意を表す。
(写真右:T41 ラジオ 1962年 ブラウン社)

Good design is environmentally friendly. 良いデザインは、環境に優しい。
デザインは、安定した環境と分別ある原材料の使い方に貢献するものでなけれはならない。これには、現実の汚染だけでなく、視覚公害と破壊も含まれる。
(写真左:FS80 テレビ 1964年 ブラウン社)

Good design is as little design as possible. 良いデザインは、できるだけ少なく。
少ない方がよい。なぜなら、その方が本質的な点に集中でき、製品に重要でないものに悩まなくてすむ。純粋さに戻ろう!簡潔さに戻ろう!

また、「良いデザインの10ヶ条」の他に以下のようなラムスの13の言葉があります。
  1. 簡単なことは複雑より素晴らしい。
  2. 秩序立っている状態はそうでないものより素晴らしい。
  3. 静かな声のほうがうるさい声より素晴らしい。
  4. 目立たないことのほうが目立つことより素晴らしい。
  5. 小さいものは大きいものよりいい。
  6. 色が無いことは、色がありすぎるよりもいい。
  7. 軽いほうが重いよりいい。
  8. 繊細なほうが粗雑なものよりもいい。
  9. バランスの取れた状態のほうが極端な状態よりいい。
  10. 持続性のほうが変化することよりもいい。
  11. 簡潔なほうが複雑な状態より素晴らしい。
  12. ニュートラルなほうが攻撃性のある状態よりいい。
  13. 近くにあるほうが近くにないものよりもいい。
 この13の言葉からラムスの思想がパラドックス_逆説的であることが分かります。ラムスのデザインの根本にはキリスト教的な思想の影響が大変強いように私は感じました。

 本展はディーター・ラムスのレトロスペクティブというよりも20世紀のドイツを中心にしたデザインの歴史からラムスのデザインを捉えようとしており、近代デザインの大まかな歴史を知ることが出来る展示になっています。難しいことは考えずに展示された実物(製品)を見ながらデザインの歴史も学べる大変良い企画だと思いました。デザインに興味がある人や外国家電が好きな人、そしてマックヘッズ。このような人達は勿論ですが、特定の人ばかりではなく多く人が楽しめる展覧会だと思います。
この展覧会は府中市美術館で7月20日まで開催されています。

純粋なる形象 ディーター・ラムスの時代―機能主義デザイン再考

開催場所:府中市美術館
       〒183-0001 東京都府中市浅間町1丁目3番地(都立府中の森公園内)
       電話:042-336-3371(代表)

会期・休館日:2009年5月23日(土曜日)から7月20日(月曜日・祝日)まで
        午前10時から午後5時まで(入場は午後4時半まで)
        最終日をのぞく月曜日休館

2009年6月8日月曜日

かぎ括弧な猫と「ラウル・デュフィ」展


 週末の興奮が冷めやらぬ、という方も多いのではないでしょうか?W杯出場を決めた試合のことです。フットボールフリークでもないのに最後まで見てしまいました。しかし昨夜の試合にW杯フランス大会行きを決めた"ジョホールバルの歓喜"のような興奮はありませんでした。油断は禁物ですが日本がW杯に出場して当り前の時代になりつつあると思っています。また今後もW杯予選で"ジョホールバルの歓喜"を越える試合はないと思っています。それほどあの時の試合は凄かったと思います。ズィーコ監督の時もアジア杯ではヨルダン、バーレーンと続けて痺れる試合を見せてくれました。今回はW杯の本戦で痺れる試合を見てみたいと望んでいます。

 夜更かしをしてしまったせいで久しぶりに晴れの日にもかかわらずスロースタートな日曜日になりました。買い物も兼ねて三鷹駅南口前の三鷹市美術ギャラリーで行われている「ラウル・ディフィ」展へ家内と出掛けました。


 三鷹市美術ギャラリーへと向かう途中で沢山の猫達に出会いました。そしてこれはカギ括弧な猫です。

 ラウル・デュフィは同時代の他の画家に比べるとデザイナー、イラストレーター的な商業画家と捉えている方も多いと思います。フランス人画家らしい明るい画風で音楽や馬等、ブルジョアが好む画題が多いこともそのような印象を与える原因だと思います。
 今回の展覧会で私が興味を持ったのは落ち着いた色で農村の収穫風景を描いたバルビゾン派的な絵、どちらかと言えばデュフィらしくない絵画でした。同時にこのような題材でありながら色の使い方や軽やかな筆づかいにはデュフィらしさを失っていないことにも驚きました。ラウル・デュフィがフランスを代表する画家であることを認識したとてもよい展覧会でした。


 展覧会を見た後、食材と共にワインを購入しました。チリ産ワインなのですがロードスターのイラストが入ったラベルがとても気に入りました。この他数種類のラベルがありましたが全て異なるロードスターのイラストが描かれていて全部欲しいくらいでした。
 最後に「ラウル・デュフィ」展の招待券をお送りくださったTさんご夫婦に感謝を致します。週末を楽しみにしております。

2009年6月6日土曜日

玉川上水 中流域と「石元泰博 多重露光」展


 武蔵野美術大学、美術資料図書館で開催されている 「石元泰博 多重露光」展を見に行きました。そして大学までの道すがら今回も引き続き玉川上水を紹介します。


 ここは西武国分寺線の鷹の台駅から西武拝島線の玉川上水駅方面へ続く上水沿いの道です。先日紹介をした場所から約14キロ程上流の場所です。この辺りは玉川上水の中流域になります。杉並区や三鷹市に比べると木々が鬱蒼と茂り、緑のトンネルの中を歩くようです。同じ玉川上水沿いの道でも下流域とは風景が大分異なります。


 上水沿には桜の木が多く、春には桜の花が楽しめます。また、ここより少し下流、小金井公園近辺は江戸時代に「小金井の桜」と言われ、かつては桜の名所として有名な場所でした。当時の様子を安藤広重も描いています。
 この辺りは上水の北側に並行して新堀用水という用水路が流れています。散策路はこの2つの水路に挟まれるように続いています。玉川上水は江戸へ飲料水を供給すると共に武蔵野の新田開発のために分水されて農地へも水を供給していました。用水路を渡るための小さな橋が所々に架かっています。


 クヌギの並木道と言える程この辺りはクヌギの木が多く茂っています。道沿いには今も古い木造アパートが風景に調和するように残っています。


 玉川上水は1年足らずの短い工期で羽村から四ッ谷大木戸までの43キロを開削したと言われています。また上水道はかなり深く掘られたことが分かります。昼夜を問わず全て人力で行われた開削の作業は我々の想像を遥かに超える重労働であったと思います。


 近辺には学校が多く、朝、夕は特に学生達で小さな道が溢れます。夏は涼しく木漏れ日が綺麗なこの道を学生時代は勿論、今尚時々利用しています。


 石元泰博はモホリ=ナジによって米、シカゴに設立されたバウハウスを継承するインスティテュート オブ デザインで学んだ日本を代表する写真家です。今回の展覧会はカラー多重露光写真のシリーズで従来的な写真とは異なる写真の枠を超えた作品と言えます。
 幾何学的な形をした建物や木々のシルエット等を撮って更に複数回重ねて撮影する多重露光のテクニックを駆使し制作された作品は一見、平面構成的でグラフィカルな作品に見えますが、複数のイメージが偶然重なって出来た画面はとても写真的であり絵画とは異なるイリュージョンを生み出しています。
 この展覧会は今月の14日まで武蔵野美術大学校内の美術資料図書館で行われています。入館料は無料ですのでご興味がある方は是非ご覧頂きたいと思います。勿論、玉川上水沿いの道もお楽しみください。