2010年1月31日日曜日

冬・武蔵野空景(青の印象)


 空を見上げる度にどこから空になるのだろうと思います。写真を撮る時は焦点を何処に合わせてよいか考えてしまいますが、雲ひとつない青空が広がっていると嬉しくなって思わずシャッターを切ってしまいます。


 明るく淡い青を空色と言いますが冬の空は濃く透き通るような青色をしています。よく晴れた冬の青空を眺めていると吸い込まれそうです。


 青が好きです。街で綺麗な青色を見つけると無意識に目を向けてしまいます。今でも印象に残る青は冬休みにモワ・ド・ラ・フォト (パリ写真月間)へ行った際、宿泊していたアパルトマンの窓から見た深く暗いパリの青い朝の景色です。フランスの映画監督ジャン=ジャック・ベネックスの青、ベネックスブルーと重なりました。


 パリの青い朝の景色と一緒に思い出すのは労働者達が着ていた青色のつなぎ(作業着)です。興味本位で入った小さな薄暗いカフェは青のつなぎを着た大柄の男達であふれていました。いちげん客の突然の訪問に店内に一瞬重苦しい空気が漂いましたが、ボンジュール、カウンターの奥に見えた赤毛のマダムに挨拶をしました。人のよさそうな小柄のマダムは赤い頬を輝かせながらボンジュール、ちょっとハスキーな声で応えてくれました。青いつなぎの男達も私が店内に入れるように道をあけてくれました。アン キャフェ シルヴィブレ。青い大柄な男たちに混じって珈琲を飲んだ経験も忘れられない青の印象です。


 玉川上水から続く暗渠化された水路の小道を歩きながら井の頭公園駅の方まで歩いて行きました。これは玉川上水から取水して田畑に水を注いだ昔の農業用水路だったのではないかと推測します。小道は井の頭線の線路に突き当たって終わりますが恐らく水路はこの先の神田川まで続いていると思います。


 しだいに冬空は深く濃い神秘的な青へと変化していきます。短い時間ですが夕暮れの空の青も大変美しい色をしています。
 うららかな春の日が訪れることは楽しみですが、もう暫く澄んだ冬の青空を楽しんでいたい気分です。

2010年1月29日金曜日

拝啓 J.D.サリンジャー様(放蕩息子)


拝啓
本当にご無沙汰しています。
何時までもイノセンスでいること、いようとすることの大切さは知っています。
それでも僕たちはフルコースを腹一杯食った後でさえ、あの気がめいるようなチョコレートサンデーが目の前に出てくるとつい食べてしまうのです。
さよなら、そして有難うホールデン・コールフィールド。
敬具

2010年1月28日木曜日

変わりゆく街(吉祥寺 不自由な街 )


 吉祥寺の街には幼い頃よく祖父と一緒に行きました。今でもこの街を歩くと何となく祖父のことを思い出します。
 何でも揃う街ではありませんでしたが、新宿や渋谷とは異なるのどかで個性的な街でした。今の吉祥寺は次々と新しい店が現れては消える忙しない街です。特に大手家電量販店の進出と商店街に似たような靴屋ばかりが増えはじめてから吉祥寺に集まる人種も大きく変わったように感じます。祖父と一緒に行った頃の吉祥寺の雰囲気ではありません。


 東京下町の街暮らしは「不自由」である。俳優の渥美清さんがNHKが制作したドキュメンタリー「渥美清の“寅さん”勤続25年」で語ったていたこの言葉がとても印象に残っています。下町の暮らしは個人よりも社会(コミュニティー)を優先する。渥美さんの下町とは主に商業地区を指していると思いますが人が集う街の暮らしは便利さとは裏腹に「不自由さ」が伴うようです。しかしここで言う「不自由」とは決して悪い意味ではなく、下町という小さな社会で皆が気持ちよく暮らしていくための決まりや知恵のように思われます。


 吉祥寺は小さな街にもかかわらず、かつては百貨店が3軒もありましたが、この春(3月14日に)伊勢丹が閉店することによって百貨店は東急百貨店が只1つ残ることになります。昔から度々吉祥寺の伊勢丹を利用していたので、閉店を知った時は残念に思うと同時にまた1つ吉祥寺の顔が無くなってしまうという寂しい気持ちになりました。


 祖父が通っていた頃の吉祥寺はお客と店員の関係が親密で、祖父も買い物が目的ではなく会話を楽しみにしているようでした。祖父は誰彼構わず話し掛けるような人だったので少し特殊だったかもしれませんが、百貨店でもよくサービスをしてもらっていたと記憶しています。昔の吉祥寺にはそのような庶民的で親しみ深い雰囲気がありました。


 渥美さんが語った下町の「不自由」とは「謙虚さ」を意味し、そこには秩序ある社会が存在しています。このことは「自己と他者」という私達人間社会の根本的な問題に繋がっているように感じます。とかく自己ばかりが蔓延している現代社会において「不自由」から学ぶことは多いように思います。

2010年1月23日土曜日

武蔵野冬景色(井の頭恩賜公園)


全てが透き通るように感じるピリッとした冬の空気と冬の光が好きです。


 「井の頭(いのがしら)」とはここから美味しい水が沢山湧き出ていたことから「井戸の頭(いどのかしら)」、「井の頭(いのがしら)」と徳川家光がこの場所へ鷹狩りに訪れた際に命名したと言う一説があります。


 井の頭公園は幼少の時からの大変馴染み深い公園です。更に現在の住まいになってからは公園を通って出勤するようになったので、ほぼ毎日、井の頭公園に訪れていることになります。


 武蔵野ではケヤキの木をよく見掛けますが、井の頭公園にも立派なケヤキが沢山あります。葉が落ちた冬のケヤキは特に美しく感じます。


 周辺に海も山もない私にとってこの公園はとても大きな存在です。少し大袈裟に言えば井の頭公園があることで心の均整が取れているように思えるのです。めまぐるしく変化する世の中でこの公園が変わらず私の側にあることは救いになっています。

2010年1月17日日曜日

Broの肖像 マジックマウス(優れた道具)


 アップル マジック・マウスがようやく届きました。このマウスは大変人気モノのようで、たかがマウスで1ヶ月近く入荷に掛かるなんてアップル製品以外では考えられない現象ですよ!とヨ○バ○カメラの店員さんは言っていましたが・・・。その後渋谷のアップルストアを覗いてみたら何とマジック・マウスが山積みになっているではありませんか(笑)「人生かくれんぼ」とはよく言ったものです。


 マジック・マウスを使用してみた第一印象ですが、手で掴んだ感じがとても自然。天面そして両側面が湾曲した独特の形状によって親指と薬指の掛かりがよく、手の中に自然にマウスが収まります。特に人差し指が低く無理のない位置になったことを個人的に歓迎しています。恐らく長く使っても疲れない形です。一つ気になったことは以前のアップル ワイヤレス・マウスよりもクリックした時の感覚が硬いと言うかしっかりしている点。この辺の感覚は使い続けるうちに慣れていく範囲だと思います。


 マウス表面の質感は以前のワイヤレス・マウスを踏襲していますがここに最大の目玉であるマルチタッチ機能が組み込まれています。この機能はMacノートのトラックパッドで普段利用しているので特にこのこと自体に大きな驚きはありませんでしたが今後マジック・マウスを使い続ける中で間違いなくその利便性を実感していくことになるでしょう。
 まだ使い始めたばかりのマジック・マウスですが、マルチタッチ機能よりもむしろ手にしっくり収まる使い易い形と質感に一番魅力を感じます。またこういう部分をしっかり進化させているところに大変好感を持ちました。あと気になることはバッテリーの持ち時間です。これについてはもう少し使ってみないと分かりません。たかがマウスですが毎日使う道具として間違いなく素晴らしい製品です。

2010年1月13日水曜日

さよなら、エリック・ロメール


エリック・ロメールの訃報を知りました。
多くの若者と同じように私も高校生の頃にヌーベル・バーグの映画が好きになって、お茶の水のアテネ・フランセ等へはよく1人で映画を見に行きました。エリック・ロメールの名前やその映画について知ったのも多分その頃だったと思います。印象に残っているロメールの映画は80年代以降に制作された「喜劇と格言」「四季の物語」のシリーズで、フランスの極日常的な状景の中で撮影されたようなそれらの作品がとても好きでした。特にロメールが映画で描いた女性達はどこか皆不器用でそして愛らしくとても魅力的でした。最近殆ど映画を見なくなってしまって良く分からないのですが、今後フランスでもエリック・ロメールのように女性を魅力的に描くことが出来る映画監督は出てこないような気がします。

「さよなら、エリック・ロメール、あなたの映画の中で再びお会いしたいと思います」

2010年1月9日土曜日

TSRの肖像 馬の背に乗る(多摩湖自転車道)


 武蔵野市関前5丁目の交差点から西北へ暫く走ると片側が小高い土手の路になっている不思議な岐路に差し掛かりました。この道は東大和市の多摩湖(村山貯水池)から武蔵野市関前の境浄水場まで至る水道管(大正12年から14年施工)の上に設けられた自転車歩行者専用道路で、狭山・境緑道または通称、多摩湖自転車道と呼ばれています。
 写真の区間は未舗装の小高い路が歩行者専用で自転車は舗装された下の道を走ります。始めは下の自転車道を走っていましたが、ふと小高い土手の方を見上げると透き通るような冬の青空!土手の上に自転車をのせて青空を背景に写真を撮りたいと思いました。
 何故このような小高い路になったのか?この辺りは地面が低く村山貯水池から引いた水が境浄水場までスムースに流れないことから土を盛って高さを調整した結果、小高い路が出来たようです。つまり低い自転車道が元の地面で小高い路の下には水道管が通っています。土を盛って出来た小高い路がまるで馬の背のように見えることから何時しか此処は“馬の背”と呼ばれるようになったそうです。


 “馬の背”から更に2キロくらい西へ進むと右手に懐かしい風景が飛び込んできました。此処は東京都小平市にある“小平ふるさと村”。小平は江戸時代初期の玉川上水の開通にともなって開発が行われた新田村落でした。かつての面影が大きく様変わりしていく中、小平の郷土の歴史的文化遺産を後世に伝えていくために再現されたのが“小平ふるさと村”です。中には江戸初期から中期の建物を復元した開拓ゾーン、江戸後期の建物を復元した農家ゾーン、明治以降の近代ゾーンと各時代の建物が並んでいます。
 残念ながこの日は正月休みで中に入ることは出来ませんでしたが(入場は無料)旧小川町郵便局(明治41年)の前に自転車を停めて写真を撮りました。生け垣の緑と懐かしい赤いポスト、朱色に塗られた郵便局の大きな屋根、とても調和がとれています。かつてはどこにでも見られた日本の美しい風景です。
 小平市には昔ながらの丸いポストが30本あって(都内の自治体の中では最多)今でも現役で使われているそうです。また東京都内にはこのようなポストが250本も残っていることを今回知ってちょっと驚きでした。写真のポストも飾りではなく実際に使われています。

 多摩湖自転車道は坂道がありませんが西武多摩湖線の武蔵大和駅を過ぎてから多摩湖下堰堤の入り口まで上りが続きます。ここまで自走をしてきて多摩湖に到着する寸前に坂道があることは女性には少々厳しいかもしれません。ブロンプトンなら無理せずに押して上がるのもいいでしょう。
 坂を上がって多摩湖下堰堤の入り口から多摩湖に入ると今までの見てきた風景とは全く異なる風景が待っています。大きく静かな多摩湖を見ると解放されます。同時にずいぶん遠くまで来てしまったような充実した気分になります。ちょっとうれしい瞬間です。


 自転車の向こうに見える円筒の建物は大正14年に建てられた取水塔です。源水は玉川上水の始点でもある羽村上水堰(はむらじょうすいせき)から地下導水管によって導いています。この取水塔は日本で一番美しい取水塔とも言われており、煉瓦造りの円筒に丸いドーム状の屋根が特徴です。
 上半分が黒くなっている写真の大きな石柱は昭和2年の堤体完成当時の親柱です。太平洋戦争時に爆弾から堤体を保護するための耐弾層に下から半分程が埋まり露出部はカモフラージュするためにコールタールを塗っていたため上半分が黒くなっています。当時の土木建築技術を後世に伝える貴重な近代土木遺産として、ここに保存展示しています。


 多摩湖の正式名称は村山上貯水池・下貯水池で湖は2つに分かれています。村山上貯水池は大正13年に村山下貯水池は昭和2年に竣工しました。写真の場所は村山下貯水池の南側、多摩湖下堰堤からの眺めです。昨年4月に堤体強化工事が完成したばかりで堰堤はとても綺麗です。
 多摩湖は開放感を味わえる眺望と共に静けさが心地よくとても癒されます。休憩の後、多摩湖を1周(約10.2キロ)することにしました。


 多摩湖外周に沿って多摩湖自転車道は続いています。先の多摩湖下堰堤の天端通路を渡って北側から多摩湖を1周することにしました。走りはじめると暫く上りが続きますが自転車歩行者専用道路なので自動車を気にする事なく快適に進んでいけます。この自転車道は多摩湖までの道程は歩行者が多くまた一般道の横断箇所にある車止めの数が多いことには閉口します。正直「自転車道」と呼ぶのは如何なものか?と思っていましたが多摩湖を1周する区間は歩行者が少なく車止めもなく快適に自転車を走らせることが出来ます。適度にアップダウンがあって飽きることはありません。平坦な道が続く多摩川サイクリングロードより楽しめます。何より走っていて心細くなる程人が少ないことも気に入りました。特にコース終盤に続く下り坂は凄く気持ちよく走れます。唯一気になったことは所々現れる荒れたアスファルトの路面でした。サスペンションが付いていないブロンプトンで走ると少々疲れるかもしれません。
 左の写真は忽然と現れる巨大な西武ドーム。プロ野球、西武ライオンズのホームスタジアムです。先の多摩湖下堰堤からも銀色に輝く異様な屋根が小さく見えるのですが間近で見ると更に異様です。米のSF映画インディペンデンス・デイを思い起しました。
 気持ち良く多摩湖を1周した後、来た道を戻りました。右の写真は小平と花小金井の間にある農家の建物、夕日に照らされた姿は懐かしい昭和の風景のようでした。

 今回初めて多摩湖自転車道を走ってみましたがこの道は小径車に最適なコースだと思いました。先ず多摩湖までは殆ど坂がありません。その間に見所も多く単に自転車を走らせる退屈なコースではありません。そして歩行者と自転車止めが多いと言うことは裏を返せばピッタリしたウェアを着て激しいスピードで走り去るロードバイクの姿もありません。小径車で安心してのんびり走れます。コース終盤に多摩湖の素晴らしい眺望が待っているということも感動があります。多摩湖を見た後、自転車で気持ち良い汗をかいて帰りたい人は多摩湖を1周すればよいし、そうでない人は最寄りの武蔵大和駅(西武鉄道多摩湖線)から輪行で帰れます。とても良い道に出会いました。次回はカミさんとブロンプトン2台で行こうかな?そうそう“小平ふるさと村”に限定50食の“武蔵野手打ちうどん”というのがあるらしいのでこれで釣ってみましょうか(笑)

2010年1月8日金曜日

ONE! (気がつけば1年)

ブログをはじめて丁度1年。
これからもマイペースで続けていこうと思います。
どうぞ宜しくお願いします。

ONE! ということで今回はお父さん!お願いします!
Papa's Got A Brand New Bag!

2010年1月1日金曜日

築地市場の働く自転車(オニクを食べる)


 お隣のご夫婦に念願だった築地市場へ連れて行って頂きました。築地市場は日本最大の魚市場で規模は世界最大と言われていますが、私達が行ったのは築地場外市場商店街、通称築地場外市場です。


 今回一番の目的はマグロの“オニク”を戴くこと。他のお客さんが「マグロのオニクを一つください」と注文をした時には大の男が頭に「お」をつけて“オニク”とは何事か!!と思ったらマグロの尾の肉だったと言うのはお隣のご主人から聞いた笑い話。“オニク”とはマグロの尾っぽの部分を食べる料理なのです。
 マグロの尾肉は人生初の経験でしたが、ボリーム満点で魚のいやな匂いもなく、そして脂身が多いにも拘らず牛肉のようなしつこさもなく、魚料理が苦手な私でも大変美味しく戴けました。今回、私は豪華にこの季節限定の牡蛎フライもトッピングしてみました。これも凄く美味しかったです!!


 私達が訪れた12月27日はお正月の食材を買って帰るには少し早く、何時もより人は少ないと言うことでしたが、それでも細い路地へ入るとこのような状態です。


 築地市場は水産物の他、野菜や漬物や各種加工食品等も取り扱っていますが飲食店が軒を連ねる関連業者営業所には乾物や包丁の店を多く見掛けました。左写真の乾物店、何故か剥製を一緒に展示していました。考えてみればこれも同じ乾きものと納得(笑)


 築地市場と言えば私はこのターレットトラックと呼ばれる特殊な小型運搬車が思い浮かびます。狭い路地が多い構内をキビキビと走り回る姿はとても愛らしくまた操縦するおじさん達の姿がとてもカッコいいのです。築地の顔とも言える車両です。


 今回特に心奪われたのは築地市場の働く自転車の姿。大きな荷台と大きなスタンドが付いた自転車の姿は頼もしく本当にカッコいい!!近頃の自転車は泥除は勿論、何故便利な荷台も付けたがらないのか?理由が分かりません。


 築地市場サドルコレクション。これはブルックスのAged、なんてやわなモノではありませんよ!潮風にさらされてホンマもんのAgedになっています。ここまでくると芸術品です。築地で働く自転車は大抵このような革のサドルが付いていました。革のサドルはこのような姿になるまで使い続けたいものです。


 働く自転車に乗る働くおじさん達もカッコいいのです!!この方は荷台に箱を四段積み、あらよっ!慣れたもんです。
 スローピングフレーム!?馬鹿言っちゃいけねーよ!自転車は昔からホリゾンタルって相場は決まっているじゃねーか!!お兄さんちょいとどいてくれ!颯爽と走り去って行きました。


 写真左のようなミキスト風のフレームも発見!これは女性用?右の車両、泥除けの付け方がとてもユニーク!ロッドブレーキもシブイです。築地の働く自転車達、本当に有り難うまた会いに行きます。

 最後になりましたが 皆様、明けましておめでとうございます。
昨年はブログそして自転車の繋がりで楽しい出会いが沢山ありました。本当に有り難うございました。本年も宜しくお願い申し上げます。
 感謝を込めて大好きなスライ&ザ・ファミリー・ストーンのこの曲をお贈りします。サンキュー!