2010年4月25日日曜日

Broの肖像 宝庫 Rocks Not Dead!!(クロス&ロス)


 1972年にリリースされたキース・クロス&ピーター・ロスのアルバム「ボアード・シヴィリアンズ」はイギリスの大衆音楽好き、特にフォークやプログレッシブ・ロックに興味がある人達の間では隠れた名盤として知られているようです。偶然ですが先日のエープリル・ フールと同様に彼らも1枚だけしかアルバムを残していません。建物を挟んで2人の後ろ姿を鏡に映したように左右対称に配したアルバムジャケットも印象的で1度見たら忘れられません。
 音楽に関してもまともな知識がないので何時ものように以下は私のいい加減な所感です。「ボアード・シヴィリアンズ」はクロスとロス、2人の繊細な歌とアコースティックギターの音を主軸にしていますが、当時流行っていた所謂イギリスのトラッドフォーク(伝承音楽)と呼ばれる音楽からの影響は強く感じません。アメリカ的なフォークから強い影響を受けながら、それとも異なる多様な音楽性を持つた(イギリス的な)フォーキーでプログレッシブな音楽と言う表現が当て嵌まると思います。


 ご存知のようにイギリスの大衆音楽は50年代のフォークリバイバルを経て、60年代後半になるとのバーズやジェファーソン・エアプレインのようなアメリカのフォークロックと呼ばれる音楽から影響を受けたバンドが次々と登場しました。中でもフェアポート・コンベンションはこの分野で大きな影響力を持った中心的な存在です。このバンドから更に複数のバンドが生まれた為、イギリスのエレクトリックフォーク(イギリス伝承音楽そしてイギリス的なアメリカンフォーク)のファミリートゥリー(フェアポートファミリー)等と表現されます。
 「ボアード・シヴィリアンズ」には上記フェアポート・コンベンションの歌手だったサンディ・デニーが夫のトレヴァー・ルーカスと共に結成したバンド、フォザリンゲイのカバー曲「ピース イン ザ エンド」が収録されています。クロス&ロスは原曲よりも軽快(アメリカン)な演奏をして彼らのオリジナル曲と違和感なく聞けます。


 サンディ・デニーがつけたフォザリンゲイというバンド名はイングランド中部ノーサンプトンシャーに建てられていた城の名前からとられています。この城は1587年にスコットランド女王、メアリ・スチュアートが処刑された城として知られており、フェアポート・コンベンションのアルバム「ホワット・ウィ・ ディド・オン・アワ・ホリデイズ」にはメアリ女王について歌ったサンディ・デニーの曲「フォザリンゲイ」が収録されています。フェアポート・コンベンション脱退後、自身のバンドにもフォザリンゲイと名づけたことから分かるようにサンディ・デニーの女王メアリへの想いはかなり強かったようです。恐らくサンディは時代に翻弄され数奇な運命をたどることになった女王メアリを1人の女性として捉えていたのでしょう。


 キース・クロス&ピーター・ロスの 「ボアード・シヴィリアンズ」には9曲が収められており、キース・クロスが4曲、ピーター・ロスが3曲、2人の共作が1曲、残りは先のフォザリンゲイのカバー「ピース イン ザ エンド」と2人の曲がほぼ半々に収録されています。キースは繊細で美しい曲を、ピーターはアメリカンで少しアーシーな曲を披露しています。このアルバムの特徴は個性ある2人の曲が交互に並び、気持ち良く流れていくところにあります。
 変わったところでキース・クロスの「ストーリー トゥ フレンド」はキャラバンのメンバー、ジミー・ヘイスティングのフルートや後半にはアグレッシブなサックスの演奏が入った他の曲とは少し趣の異なる大作で印象に残ります。この曲はピアノとコンガが入ったラテンアメリカ風で、曲の構成はプログレッシブ・ロック的ですが当時のプログレとは少し異なるクロスオーバーな音楽です。むしろ後のアシッドジャズにも通じるような更に極端な例えで言うとジャミロクワイ辺りが演ってもおかしくないような音になっています。またこの曲はアルバム「ボアード・シヴィリアンズ」の柱のようなもので単調さを回避し(ボアードではない)アルバム全体を引き締めることにも成功しているように思います。アルバムの最後を飾る2人の共作「フライ・ホーム」は繊細なアコーステックギターの音で始まり、2人のボーカルに弦楽器が絡んでまるで霧の中へ入って行くような不思議な浮遊感に包まれます。曲の終盤がオーケストレーションで終わるアイディアも面白く、同時に1枚のアルバムを聞き終えた充実感が残ります。


 60年代中頃から70年代初期の大衆音楽は面白いものが沢山あります。特にこの時期に生まれたイギリスの音楽は多種多様で、バンドの数も多く、また何れも優れてハズレが少ないことが特徴です。私には今でもこの時代の音楽は光輝く宝の山のように見えるのです。

2010年4月16日金曜日

Broの肖像 春を満喫(特別な風景 野川)


 自転車(ブロンプトン)で私たちがよく訪れる野川は国分寺市にある日立製作所中央研究所の敷地内に水源があり、国分寺崖線の湧水を集めながら小金井市、三鷹市、調布市、狛江市を経て世田谷区二子玉川付近で多摩川と合流する流域延長およそ20キロの1級河川です。小さな川ですが休日になると沢山の人が集う皆に親しまれている川です。


 東京都内を流れる河川の殆どはコンクリート護岸されています。川は高台の上から柵越しにまるでダムの貯水漕を覗き込むようになります。このような川の多くは水辺に近づくことは出来ません。更に河川敷までコンクリートで覆ってしまうと無機質で心地よい水辺の自然は楽しめません。機能だけを優先した川は身近なふれあいがないため当然親しみも感じられません。


  野川にもコンクリートで覆われた風情のない区間がありますが小金井市から下流域になると川の両岸に植物が生い茂り、鳥や虫たちが集まってくる自然環境が形成されています。この舗装道(野川サイクリングロード)から一段下がった河川敷は歩いて楽しめるようになっています。この時期は桜の花と共に菜の花が楽しめ、川辺の豊かな自然を満喫することが出来ます。(途中歩くには支障がある所もあります)
 特に野川公園内の風景は格別です。野川公園と隣接する武蔵野公園内は川と周囲を隔てる柵がないため周辺と調和した一体感のあるのびやかな景観を楽しめます。私は何時もこの場所へ来ると開放された気分になります。


 毎月開講されている水の学校に参加して野川は自然の川ではなく、市民によって守り育てられてきた川であることを知りました。私が幼かった70年代は高度成長期の影響から公害問題が表面、深刻化した時代でした。実はこのような時代 (1972年)に小金井市から野川の湧水保全市民運動が始まっています。その後、この運動は近隣地域にも広がり現在では多くの市民が関わる湧水保全の川として全国的にも有名になっています。そして昨年は全国の「いい川・いい川づくりワークショップ」で野川は見事グランプリを受賞しています。
 私たちが心地よいと感じる風景の裏側には沢山の人の愛情が注がれています。もし目の前の風景が心地よく感じられないなら、私たちの愛情が足りないのであり、地域の環境に関心を持つ必要があるのだと思います。いつ訪れても心地よいと感じる野川を見ると自然は自然には保てない事がよく分かります。野川を守り続 けている人々へ感謝すると共に自分も無関心ではいられないという気持ちになります。

2010年4月1日木曜日

Broの肖像 エイプリル・フール(Apryl Fool)


 前身のグループ「フローラル」にその後日本の音楽(ロック、歌謡)を牽引し中心的な存在になる細野晴臣と松本隆の2人が加わり、1969年の4月1日に新しくスタートしたことからグループは「エイプリル・フール」と名乗るようになります。しかし「エイプリル・フール」はこのアルバムを発表した後即分裂解散。グループサウンズからロックバンドへと移り変わる日本ロック黎明期の音を楽しめます。

 荒木経惟が撮った小便臭いジャケット写真とは裏腹に「エイプリル・フール」の音楽はこの時代を反映した音(サイケ)をまぶしながらもどこかサロン的。いろんな可能性を秘めていたように感じ同時にグループとしてはまとまりは欠けています。よって即解散に至ったのでしょう。その後、細野晴臣がYMOで一緒になる高橋幸宏も「エイプリル・フール」には縁があるようで「薔薇色の明日」ではバート・バカラックのカバー曲「エイプリル・フール」を歌い、大林宣彦監督の映画「四月の魚」では主演をして映画音楽も手掛けています。個人的には幸宏の「エイプリル・フール」が好みです。またこの2作品が高橋幸宏の最高傑作なのではないか?と密かに私は思っています。


 「エイプリル・フール」のCDは数年前に紙ジャケットで再リリースされました。昔のレコードに模した紙ジャケに大変弱いのですが、まるで豆本を見ているようで最近老眼鏡を作った身としては文字を読むにはちょっと厳しいです。そして紙ジャケを手にする毎に思うのはやはりレコードが良いな!と・・・。近頃レコードプレーヤーが気になって仕方ありません。何か良いのがありませんでしょうか?
 紙ジャケCDと小径自転車ブロンプトンの組み合わせ、悪くないように思います。