2010年7月27日火曜日

フロム ブロンプトン


今朝、ブロンプトンから新製品情報のメールが届いていました。


 8月2日にリリースされるDVD、「History of Brompton」はタイトル通りブロンプトンの歴史を紹介すると共にロンドンの西にあるブロンプトンの工場で自転車が生産されいく様子やアンドリュー・リッチー氏のインタビューそして過去に開催された「Brompton World Championship」の様子なども収められたブロンプトンファンにはちょっと気になる内容のようです。こちらでDVDをほんの少しだけ見られます。ところでイギリスのリージョンコードってどうなっているのでしょうか?Mac(PC)なら問題なく見れるのかな?


 今年の1月にリリースされた「S Bag」についても新しい情報がありました。このバックはフラップの部分がベルクロで簡単に取り外し交換が可能な製品ですが新に2種類のフラップが販売されるようです。


 ちょっと薄汚れた朱色のフラップ「Hose Flap」は消火用ホースの一部を再生利用したもの。この製品は利益の半分が廃棄物再生利用に関するチャリティーへ寄付されるようです。


 トラックの幌を使ってユニオンジャックとブロンプトンの柄が印刷された「Flap Jack」は300個の限定品。白いユニオンジャックの部分はどうやらリフレクターになっているようです。

 「S Bag」はフラップを交換するだけでずいぶん雰囲気が変わることが分かります。また「Hose Flap」、「Flap Jack」共に鞄好きにはとても気になるアイテムです。個人的には「Hose Flap」の方が好みって「S Bag」を持っていないので心配無用です。尚、DVDを含めてこれらの製品は順次ブロンプトンのディラーで取り扱われるようです。

2010年7月25日日曜日

TSRの肖像 モーニングランブラー(涼を求めて)


 外に出るのが億劫になってしまうような猛暑日が続いています。よって自転車で出掛けるなら午前中、なるべく早い時間帯に限ります。涼しさを求めて朝の散歩に出掛けました。


 コンクリートジャングルを想像してしまう東京ですが都心部でも割合に緑が多く、川も沢山流れています。特殊な場所を除けば案外逃げ場を見つけることができます。勿論、休日は都会の喧噪を避け、更に涼しさを求めて都心とは反対の方向へ自転車を走らせます(笑)
 川沿いの道を走ると風道があって気持ちのよい風が流れています。この日も野川沿いの道を走りながら気持ちのよい朝の風を楽しみました。


 鋭い陽射しを避けるようにして久しぶりに小金井神社へ入りました。境内は大きな木が茂り日中でも薄暗い所です。神社の片隅に古い石臼を積み上げた「石臼塚」があります。地域の方が使わなくなった石臼、94個を積み上げて作った高さ3.2メートルの「石臼塚」(昭和48年完成)は、生活の道具として長く使われてきた石臼への感謝の気持ちを表したものです。


 神社の奥には弓道場があります。袴を着た男女数人が静かに弓を引いていました。最近では姿勢(ヒップアップ?)がよくなるという理由から弓道をする女性が増えているようです。


 国分寺に着いた頃には更に陽射しが強くなっていました。暑さのあまり木陰を探して逃げ込みたくなります。ここは武蔵国分寺にあった七重塔跡。奈良時代、武蔵国に造営された国分寺がここにありましたが残念ながら鎌倉時代(1333年)新田義貞による分倍河原の合戦で焼失しました。七重塔はこれより大分前の平安時代(835年)に落雷で焼失されたと言われています。武蔵国分寺と七重塔に思いを馳せて誰もいない木陰で休んでいると遠くから鶯の涼しげな鳴声が聞こえてきました。


 これぞエコハウス!逃げ場を失い迷走していると緑の葉で覆われた野菜の販売小屋を見つけました。葉で覆われた軒先を借りて暫しの休憩と水分補給、葉の下に隠れると空気がひんやりしていました。心なしかパシュレイも暑さでぐったりしているように見えます。時計を見ると既にお昼になっていました。


 お隣の西国分寺まで行き、国分寺崖線を上ってまた下って国分寺へ戻りました。自転車で坂を下ると風がとても心地よく感じます。思わず頬が緩む瞬間です。写真の大きな楼門は明治時代(1895年)に東久留米市にある米津寺の楼門(江戸時代のもの)を移築したものだそうです。楼門の奥が現在の国分寺になります。国分寺は古い歴史がさりげなく残り自然が多く、更に湧水も流れています。東京で涼を求めて出掛けるなら最良な場所の一つだと思います。
 夏本番、暑くても自転車で出掛けると何だか妙に楽しい!郊外は人もまばら、まるで白昼夢の風景を眺めるようです。暑さで頭をやられてしまったのかな・・・。

2010年7月21日水曜日

「エクセルギーハウス」 雨水利用の家(多摩 国分寺)


 その家は小高い多摩の丘陵地に建っていました。3連休のなか日、東京は30度を越える真夏日そして太陽は最も高い位置にありました。駅から歩いておよそ15分、南西方向からやや強い風が吹いていたものの坂を上ってきたため額から汗が噴き出しました。この日、私達は「水の学校」の授業の一環として冷暖房装置に雨水の蒸発冷却、太陽熱による温水化など様々な工夫を凝らしている「エクセルギーハウス」の体験見学会に参加しました。


  「エクセルギーハウス」の構造説明と見学に際しての注意事項を聞いた後、早速建物の屋内へ入りました。午後の最も気温の高い時間帯で室内の温度は1階で約32℃、2階は30℃少し越えていました。しかし体感温度は思いの外暑く感じません。これは室内の壁、天井、床の温度がほぼ26〜27℃に保たれて室温より周壁温度が低く抑えられているため体に負担の少ない涼を感じることが出来るということでした。例えると家の周壁を地下に貯めた雨水を使って打ち水しているような状態と言えば分かり易いかもしれません。
 「エクセルギーハウス」の重要なポイントは必要以上の雨水や太陽熱を使わないことにあります。自然の森と同じような機能(回路)をもった家になっていることが特徴です。また冷暖房に用いられる雨水は床下のタンクに常時2~3トン蓄えられており地震などの災害時にはこの水を利用できることも特筆に値します。


  「エクセルギー」、聞き慣れない言葉ですが主に物理学で使われる用語のようです。普段私たちはこれを「エネルギー」と表現していますが、「エネルギー保存の法則」によれば全エネルギー量は保存され、増減することはないため物理学的には「エネルギーの消費」とは間違った表現になるそうです。つまり消費されるエネルギーを表す概念を「エクセルギー」、私たちが利用出来るエネルギーを「エクセルギー」と呼びます。「エクセルギーハウス」は雨水や太陽等、身近にある消費可能なエネルギー(エクセルギー)を活用して必要最小現の消費で快適な暮らしを目指す家になっています。窓の外には葦簀(よしず)が掛けられ心地よい風が通り抜けていたことが大変印象に残りました。


 「エクセルギーハウス」を見学した後、国分寺の「おたカフェ」へ行き夕方から「水の学校」の通常講義に参加しました。前回の村瀬先生に続き、今回も雨水の利用をテーマにNPO法人グリーンネックレスの土肥先生からは武蔵小金井における中央線高架橋に溜まる雨水を活用した「雨水発電」やベンチつきの「雨水自動潅水プランター」などの活動について、そして建築家の黒岩先生からは先の「エクセルギーハウス」について更に詳しい内容を聴きくことができました。
 前回から2回にわたって雨水について学び、いずれも目から鱗が落ちることばかりでした。「雨は天からの授かりもの」まさにその通りだと感じました。そして雨の多い日本で天からの授かりものである雨を暮らしの中で積極的に活用していきたいという気持ちになりました。特に土肥先生から紹介があった植物への給水が不要な「雨水自動潅水プランター」は是非自分でも試してみたいアイディアです。


 「エクセルギーハウス」を見学して家を建てる、住むということは日々どのように生活をするか、大仰に表現すると生き方について考えること、問いかけることに繋がっている。今更ながらそのように感じました。また黒岩先生のお話の中にあったように土間、茅葺屋根や置き屋根、葦簀(よしず)など、古来からある日本家屋、そして日本の生活には先人たちの知恵が沢山詰まっていることが分かります。明治以降私たちの生活は無理な西洋化が推進められましたが日本の風土に根ざした建物、そして私たち日本人の生きかたについても再考すべきだと「雨」そして「水」について学びながら考えた1日でした。最後にこのような機会を与えてくださった「アルキテクタ」、「水の学校」スタッフの方々そして黒岩先生、土肥先生に感謝を申上げます。

2010年7月14日水曜日

TSRの肖像 ゲンゴロウ(野川 多摩川)


 前の晩に降った大雨によって街全体が洗い流されたようなとても清々しい朝でした。居ても立っても居られず早起きをして自転車で出掛けました。
 梅雨の晴れ間と言うより秋の日のような青空!何時ものように野川へと足が向きます。野川沿いの風景は季節毎にその表情を変えるので飽きることはありません。この日も先月田植えが終わった大沢の里で稲の間引き作業が行われているようでした。


 風景から声を掛けられる、そのような経験が度々あります。年の頃、四十半ばを過ぎた紫陽花に呼び止められて記念撮影になりました。「素敵!いーねー」等と褒め言葉を並べてシャッターを切ると中年紫陽花が輝いて見えるから不思議です。


 小さい野川に架かる橋は立派なものはありません。しかしちょっと雰囲気の良い橋なら沢山あります。「あちらでもない、こちらでもない」橋の上から眺める風景は特別です。


 何時ものように国分寺へは寄らずに南西の方向へ進みました。府中の東京競馬場を過ぎた辺りで導かれるように細い道へ入って行くとおかしな配色に塗られたトタン板の建物が待っていました。傾いた看板は辛うじて外壁にぶら下がり扉は風にゆられてバタバタと音を立てていました。この光景を見て何故か国吉康雄が晩年に描いた色鮮やかな作品世界を思い出していました。すると此処が府中ではなく人気のないゴーストタウンのように思え、とても喉が渇き持参したスポーツドリンクをゴクゴク飲みました。


 郷土の森公園まで行って多摩川サイクリングロードに入り日野の方向、上流へ向かって走りました。相変わらずロードバイクが猛スピードで目の前を走り抜けて行きます。以前、職場の同僚に休日はサイクリングを楽しんでいると言うと「君も虫みたいな格好で走っているのか?」とおかしな答えが返ってきましたが此処へ来ると同僚の言葉が思い出されます。さっき追い抜かれたのはスズメバチ、そして目の前にいるのはカナブンか何かに違いありません。確かに虫に見えます。すると自分は何だ?ゲンゴロウか?コレはいかん!生態系を乱している!そのように思えてそそくさと家路に着きました。

2010年7月12日月曜日

警鐘!?(一輪の花)


 チェーンの回転音、高圧タイヤの共鳴音 、そしてハイハットのようにリズムを刻むラチェット音。個性的な音を奏でながら自転車は走ります。そしてこのような演奏を聞くことも自転車の愉しみと考えています。特に音を発する小さな装置_ベルは自転車を象徴する大きな存在です。そう言えば自転車をテーマにしたクィーンの曲「バイシクル・ レース」の中でもベルの音が効果的に使われていました。


 大きさ、形、鐘を鳴らす機構も含めて自転車のベルは様々です。これはミニのヘッドランプ等電装部品で有名なイギリス、ルーカスの古いベル。横に大きく突き出た長い引き手を押すとベル内部のハンマーが押し出されて音を鳴らす仕組みになっています。日本製の凝ったギヤ付きベルとは異なり引き手を押すためには可成りな力が必要ですが気品のある音を楽しめます。


 自転車の柄が特徴的なアディのベルもイギリス製。バネの付いたハンマーで外側を叩いて鐘を鳴らすゴングタイプ、所謂ピングベルです。小さい割りに鋭く大きな音がします。アディには中心部分に「AM」マークが入ったモールトンのベルもありました。


 最後は日本製、ビバのベル。アディと同じアルミのゴングタイプですが音質は異なります。アディより音程が高く澄んだ音がします。シンプルでとても美しいベルです。重くなりますがゴールドの真鍮製ベルもあります。

 タイヤやブレーキのように無くてはならないものではありませんが、付いていないと何故か寂しい気がします。ベルは自転車に彩りを添える一輪の花、そのように感じます。それでは最後に三つのベルの音を聞き比べてみてください。

2010年7月5日月曜日

TSRの肖像 プラスチックサドル(ブルックス B18)


 ブルックスと言えば革のサドルですがその昔B18というプラスチック製のサドルが造られていました。詳しいことは分かりませんが、このサドルが販売されていた80年代はレーサーブームで革サドルの需要が減り、ブルックスもこのようなプラスチックサドルを試験的に製造販売していたと聞きました。しかし残念ながら価格が安いだけで市場には受け入れられず短命に終わったようです。大分前に興味本位で手に入れていたこのサドルのことを思い出してパシュレイTSRに装着してみました。
 B18を思い出した切っ掛けは先日のモールトンの展覧会でした。S-speed(スピード)や コリン・マーチンのmarathon(マラソン)等にもB18と似たようなユニカのプラスチック製サドルが装着されていたのです。レース仕様のモールトンに機能を優先したプラスチックのサドルが使われたことは理解できたのですが、イギリスからオーストラリアへ横断旅行を行ったコリン・マーチンのツーリング車(マラソン)にもプラスチックサドルが装着されていたことを確認して、今まで使うことなくお蔵入りしていたB18を少し試したくなりました。


 改めてB18を眺めてみると簡素ながら丸く優しいフォルムは機能的であり、尚且つ格好が良いように思います。座面の中心にはB17のような小さな穴が空き、後方にはサドルループまで付いています。肝心な乗り心地は想像するよりも悪くありません。今までTSRについていたブルックス・プロフェッショナルよりもむしろ柔らかく感じた程でした。これは革に似せたプラスチック材を用いたことにあると想像します。長時間試した分けではありませんが、お尻にパッドの入っていないジーンズを履いて乗ってみた感想は見た目以上に真面目に造られたサドルということでした。

 コリン・マーチンは自身のホームページでプラスチックサドル(ユニカ)について以下のような興味深いコメントを記しています。
 The saddle was a 'Unica' which I had used for quite a few years while road racing in the 'West Country' of England. It's 'horses for courses' when it comes to saddle comfort but this plastic saddle served me well.
 It's 'horses for courses'、サドルの快適さということに関して言えば「適す人もいればまたそうでない人もいる」プラスチックサドルの性格を上手く表現しています。そしてコリン・マーチンが以前からプラスチックサドルをロードレースで使っていたこと、また大変愛着を持っていたこともわかります。


 B18と共にボトルケージも出てきたので装着しました。定番ともいえるニットーのボトルケージですが繊細なステンレス加工はトラスフレームにとても似合うように思います。このボトルケージはパイプに小さく「Moulton」の文字が入ったモノがありますが、名前が入るだけでお値段は2バイ!になります(笑)


 これも今回一緒に出てきた無印良品の在庫処分で購入したネオプレーン素材の筒型ペンケース。当初はトラスフレームの空間に取り付けようと目論んでいましたが、ボトルケージにも入る丁度よい大きさでした。工具や救急用品に加え、替えのTシャツ等もまるめて一緒に入れられます。 

 帰る途中、空を見上げると黒々とした雲が西の方からせまり、冷たい風が吹き抜けると突然大粒の雨が降ってきました。このような状況でプラスチックサドルはとても心強いです。雨の多い梅雨時、B18を暫く使い続けてみようと思います。また目方も軽いのでブロンプトンで輪行する際にも試してみたいと考えています。いろいろ活用できそうなサドルです。

2010年7月2日金曜日

おつかれさま NAKA


 W杯南アフリカ大会からサッカー日本代表のメンバーが帰国すると同時にニッポンの10番(エース)として活躍してきた中村俊輔が代表を引退するというニュースが流れました。正直サッカー、詳しくないのですが中村俊輔は個人的に好きな選手でした。彼の存在を知ったのも遅く、確か21歳以下のアルゼンチン代表との親善試合だったと思います。モップのような天然頭と細い体で華麗にボールを操る姿に魅了されました。今、「持っている男」として注目されるマッチョなホンダとは全く異なるタイプ、頼りない感じも好きでした。(ホンダが嫌いという分けではありません)
 期待をすると裏切られる。それでいて期待をはるかに上回る活躍もする選手。ちょと失礼な表現かもしれませんが阪神タイガースファンの気持ちに近いのかもしれません(笑)

 俊輔のピークはスコテッシュ・プレミアリーグセルティック在籍時だったのではないでしょうか?特にスコテッシュ・プレミアリーグでMVPに輝いた2006-07シーズンは毎週月曜日に彼の活躍がTVで放映されることが楽しみになっていた程でした。マーティン・グレイグの著書「THE ZEN OF NAKA」を読むと我々が思っている以上に世界のサッカーファンから中村俊輔が愛されていることが分かります。日本代表での彼のプレーが今後見られなくなると思うと残念でなりません。お疲れさまでした。そして有難うNAKA!
 最後にレンジャーズとのグラスゴーダービーで魅せたラブリーなゴールシーンとセルティックで俊輔の応援ソングとして使われていたピッグ・バッグの「パパズ・ガッタ・ブランニュー・ピッグバッグ」をどうぞ。